永田浩三(ジャーナリスト・武蔵大学名誉教授)

大評判の作品。ほんとうに遅ればせながら観た。渋谷のユーロスペース。出てきたとこ
ろで、知人に見つかり、こんなに遅れて観るなんて、あなたらしくないと叱られた。そ
れでも観てほんとうによかった。
浜野佐知監督は、2019年の韓国映画『朴烈と金子文子』のなかの金子文子の描き方に
物足りなさを感じ、文子を主人公にした映画をつくることを決意する。
それから7年。この映画は、まさに浜野監督の分身のような圧倒的な存在感で迫って
来る。
物語は、大審院で死刑判決を受けた文子が、減刑され無期懲役となり、栃木女子刑務
所で自殺するまでの121日を描いたもの。朝鮮半島で過ごした幼少時代や、パートナー
の朴烈との運命的な出会い、共に暮らした日々が回想として挿入される。どの場面もゆ
るぎなく美しい。
金子文子を演じるのは、俳優の菜葉菜さん。浜野作品には『百合子、ダスヴィダーニ
ャ』『雪子さんの足音』に続いて三度目。姿勢の美しさ、裁判官や刑務所長、特高の部
長に、いささかもひるまず悪態をつく清々しさ。独房を訪れる少女に万年筆をプレゼン
トする時の優しさ。どれをとっても彼女以外に、この役を任せるひとはいなかっただろ
う。
手足まで不自由なりとも死ぬといふ 只意志あらば死は自由なり
川手錠 はた暗室に飯の虫 只の一つも嘘は書かねど
物語は文子が獄中で遺した短歌によって進んでいく。刑務所長の前田は文子に対して
、自分の罪を悔い改めれば、外部との接触も可能になるといって、再三にわたり反省文
を書くように促す。ところが、文子が綴ってくるのは、天皇制がいかに多くの民衆や植
民地である朝鮮の人々を苦しめてきたか。国家が犯した罪への告発であった。書けば書
くほど、批判は鋭く研ぎ澄まされていった。

映画のなかでは、二つのシスターフッドが描かれる。一つは文子が改心するように送
り込まれた教誨師の片山和里子。演じるのは、そのむかし『ドレミファ娘の血は騒ぐ』
の洞口依子(余談だが、お連れ合いはNHKの葛西ディレクター。何度か一緒に仕事をし
たことがある)。文子のことを理解しようと努め、密かに愛情を注ぐ姿に感動した。
もうひとつの連帯は女性の看守たち。鳥居しのぶと和田光沙演じる看守は、いつの間
にか文子のまっすぐな生き方に魅了され、こっそり応援の側に回る。
レベルはまったく違うが、わたしはむかし、あることを機に番組制作の現場を追われ
、番組の保管倉庫で2年間働いたことがあった。だが、そこでの監視役の人たちは、わ
たしに心を開いてくれるようになり、歳月のなかで終生の友になった。宝物のような経
験だ。
だが、文子にはそうした友はいなかった。所長も看守も、別の刑務所にいたパートナ
ーの朴烈も文子の絶望や孤独を解決する存在ではなかった。そして文子は死を選んだ。
映画の最後の音楽がすごい。最初、大友良英さんのフリージャズかと思ったが違った
。吉岡しげ美さん。破調と諧調が合わさる、この映画にふさわしい音空間を構成する。
金子文子を殺した元凶である、明治以降のにわかづくりの絶対王政は、戦争と共に終
わりを告げた。(はずである)だが、文子が告発した不公正や差別は今も厳然と残る。
イランやパレスチナ、ウクライナで戦争という名の暴力が吹き荒れ、時の為政者たちが
不正義を恥じることがない今こそ、この映画のメッセージは燦然と光を放つ。
『金子文子 何が私をこうさせたか』2025年製作/121分/日本
配給:旦々舎
劇場公開日:2026年2月28日
公式サイト⇒https://eiga.com/movie/104265

