5月31日、記者は毎月最終日曜にデモを行っているヨコスカの現場を取材した。この日は快晴だった。集合地ヴェルニー公園の眼の前の対岸には、米軍艦艇(左)と自衛隊の潜水艦(右)が接岸している。不気味な雰囲気だ。ここは間違いなく戦争の最前線だった。
 月例デモの主催者は、「非核市民宣言運動・ヨコスカ」「ヨコスカ平和船団」の2団体。午後4時になると、公園入口にデモの参加者が三々五々集まってきた。代表格の新倉裕史さん(写真下/左)がいた。私はまず聞いた。「きょうのデモは何回目ですか?」。新倉さんはちょっと考えて「たしか604回目です。604回です」と答えた。すごい数字だ。「ということは何年ですか?」。「ちょうど50年です。1973年にミッドウェーの母港化が始まり、その反対グループをつくったのがきっかけ。そして運動を途切らせないために1976年から月例デモをすることになった」。もう半世紀もつづいている。大きく高揚した1970年代のベトナム反戦運動を担った世代が中心だ。だから当時の青年は、もう70歳代になっている。そんな年代の人が多いが、とてもパワフルな人たちばかりで驚いた。

 いま一番の問題は、アメリカのイラン攻撃に反対すること。新倉さんは強調する。「国際法違反の戦争に世界の批判が広がっているが、日本も加担している当事者だ。在日米軍基地5か所からイラン攻撃の部隊が出撃している。確認できるだけでも、沖縄の海兵隊、佐世保の強襲揚陸艦トリポリ、岩国のF35Bジェット機部隊、厚木の海軍ヘリ部隊、そしてここ横須賀からはイージス艦ミリウスなど三隻が出動している」と。実際、3月2日にミリウスがトマホークを発射する写真が米国防省のサイト公開されている。集会参加者の間では、168人が亡くなったイラン小学校空爆にも関与しているのではないか、との危惧の声が聞かれた。

 デモのコースは決まっている。まず海上自衛隊横須賀地方総監部前(写真上)で声を上げ、その後、米海軍横須賀基地ゲート前、横須賀市街地を回る約1時間のコースだった。デモは賑やかだ。クラリネットを先頭にした「よろずピースバンド」がノリのいい平和ソングを奏でながらの行進である。
 参加者は多彩だった。カトリック教会も牧師がいた。また今回初参加という元海上自衛隊の人(Sさん)がいた。Sさんは、海上自衛隊に11年間勤務していた。航海士で護衛艦「たかなみ」から平和船団を見ていたという。自衛隊のパワハラ体質に嫌気がさして2年前に退職し、いまは「みなとまち横須賀!」という会を結成して、声をあげている。デモ終了後、インタビューをすると「九条は大事。九条がなかったら自衛隊のイラン派遣は実施されていたと思う」と語っていた。Sさんは、「原子力空母 ほんとうに 安全ですか?」の大プラカードを自衛隊本部前で、堂々と掲げていた。ヨコスカ平和船団の長年の運動は、自衛隊員の心を掴んでいたのだ。

 デモの最後は、ふたたび米海軍横須賀基地ゲート前にもどり、全員でスタンディングを行った(写真右)。たくさんの米兵関係者が出入りしているが、すべてクルマなのでクルマに向かって「No War on IRAN」のプラカードを掲げる。主催者の一人はこう言っていた。「中央で何万人も集まるのも大事だが、同時にこうした地元でいつでも集まる、いつでも声を上げることがとても大事だと思う」と。
 きたる6月10日(水)のレイバーネットTVでは、新倉裕史さんをスタジオに招いて、<ヨコスカから見えてくる「戦争」>と題して、番組を放送することになった。イラン攻撃加担の実態と「平和運動」のことを、詳しくお聞きする。ぜひご覧ください。(M)