パリ司法裁判所前のニャーさんと支援者たち

<飛幡祐規>

  フランスに住み、ヴェトナムとフランスの国籍を持つトラン・トー・ニャーさん(84際)。2014年からモンサント、ダウ・ケミカルなどアメリカ化学企業13社に対して、枯葉剤の被害者として訴訟を続けている。2021年にパリの南郊外エヴリーの裁判所(第一審)、2024年8月に控訴審で訴えを却下された後、破棄院(最高裁判所)での公判が去る6月16日に行われた。

 アメリカ軍がヴェトナム戦争中の1961年〜1971年、解放戦線ヴェトコンが潜む森林を枯らせるために、枯葉剤エージェント・オレンジを大量に撒布した。この除草剤の有害な成分ダイオキシンTCDDは、森林・土地を長期間汚染しただけでなく、奇形出産や様々な重大な疾患を何世代にもわたって引き起こした。結合双生児ベトちゃんドクちゃんの1988年の大手術に日本の医師団が派遣されて成功し(ベトは2007年死亡)、日本でも枯葉剤の害がよく知られるようになった。被害者はヴェトナムだけでも300万人以上、ラオスとカンボジア、アメリカ、韓国などのヴェトナム帰還兵にも枯葉剤の被害者がいる。

 しかし、ヴェトナム人被害者団体(VAVA)が起こした訴訟はアメリカ合衆国の最高裁で2004年に却下され、化学企業は米帰還兵だけには賠償金を払って訴訟を放棄させた。ニャーさんは戦争中、ヴェトコンの通信記者として移動中に枯葉剤を浴びた。最初の子どもは心臓疾患などで生まれてまもなくして亡くなり、その後生まれた二人の娘と彼女自身、現在まで様々な疾患を持つ。フランスに移住して国籍を得ていた彼女は、裁判の道を断たれた無数の被害者のために、アメリカ企業相手の訴訟を起こすことに決めた。エージェント・オレンジを製造・供給した化学企業側は、「米軍の発注で国防のためにやったのだから(国家と同じく)裁判権は免除される」と主張し、第一審と高等裁判所はそれを受け入れた。

 破棄院では、入札に応じ利益を追求してきた民間企業に国家の裁判権の免除(国防のため)を適用できるかどうかについて、法律上の賛否両論が展開された。アメリカ政府との関係悪化の危険を持ち出す企業側の主張に対し、ニャーさん側の破棄院の弁護人は、市民が訴訟を起こす権利と裁判権免除の限定という観点から反論した。ニャーさんはアメリカ政府やアメリカ軍の責任を追及しているのではなく、企業が軍との民間契約のもとに行った商業行為の責任を糺しているわけで、国家の裁判権の免除は適用しないのが道理だと。控訴審までのニャーさんの弁護士、ウィリアム・ブルドンとベルトラン・ルポルトは、国際法では近年、人権や人間の尊厳を侵害する犯罪について、責任を免除せず追及する傾向にあると述べる。

 破棄院付上級検察官はニャーさん側の論理を取り入れ、二審までの棄却を破棄するように要請した。その場合、訴訟は高裁に戻されて再審議になる。もし、9月16日の判決で破棄院がこの解釈を認めれば、今後、他の除草剤・殺虫剤など化学薬品による人体と環境・生態系の破壊(エコサイド)に対する権利の確立に向けて、重要な判例となる。折しもフランスでは、化学肥料は殺虫剤、除草剤などの使用が引き起こしたと思われるガンなど疾患の増加(若い世代や子どもにも増えた)について、科学者や医師、多くの市民の認識が高まり、十分に規制しないどころか使用許可を導入するマクロン政権の環境政策後退に対して、批判と抗議の声が高まっている。

 破棄院には第一審、控訴審のときと同様に、Collectif Vietnam Dioxineの若者たちをはじめ、ニャーさんの支援者が大勢集まった。6月20日土曜の午後には、フランスのアンティル諸島でのクロルデコン(殺虫剤)被害者などと共に、「植民地主義化学薬品の害」に抗議する集会がバスティーユ広場で開かれる。

 9月の判決で訴えが再び却下された場合には、欧州司法裁判所に訴える道が残っている。これまでと同様、エージェント・オレンジ被害者のために「(自分にとって)最後の闘い」を続けるニャーさんの意思は強固だ。多くの若者たちに囲まれ、エージェント・オレンジの闘いをアグロケミカル企業による他の被害者たちとの連帯に広げたニャーさんの存在はめざましい。彼女の信条をここで繰り返そう。根気、勇敢さ、希望、断固とした決意と姿勢。
 2026.6.17  飛幡祐規(たかはたゆうき)