
●第112回 2026年5月12日(毎月10日)

ケン・ローチの最新作『オールド・オーク』(原題 “The OLD OAK”、2023年/イギリス・フランス・ベルギー合作/英語・アラビア語)を観た。舞台は、イギリス北東部、ダラム近くのイージントンのようだが、特定されてはいない。前二作『わたしは、ダニエル・ブレイク』(2016年)と『家族を想うとき』(2019年)と同じだ。2013年発行の教科書的な地図帳で見ると、地域一帯が石炭マークで囲まれている。映画が設定している時期的な舞台は2016年――イギリスがEU(欧州連合)離脱か否かを問う国民党票が行なわれた年だ。離脱賛成票が反対票を上回り、その後さまざまな手続きを経て、実際に離脱したのは2020年だった。
全国的に排外主義的な感情が広く人びとの間に広がり始めていた時期だが、映画の舞台・イージントンは、加えて、元炭鉱町。時はすでに炭鉱が閉山となり、主要産業の没落とともに人口が減少し、コミュニティそれ自体が崩壊しつつあるとき。そこへ、2011年のシリア内戦以降、イギリス政府が人道的な観点からシリア難民の受け入れを開始し、寂れゆく町・イージントンは受け入れ先の一つとなった。「住宅が安価で、メディアがほとんど注目しない地域」だからだ(ケン・ローチ監督の言)。
町なかに次第に増えてゆくシリアの人びと。家族ぐるみで来ている人びともいる。それをこころよく思わない地元の人びとと、難民受け入れ・定住支援のために心を砕く人びと。それらの人びとが交錯して、物語が展開されてゆく軸となる場は「パブ」の「オールド・オーク」。従来のケン・ローチの映画でも、他のイギリス人監督の映画でも、英国発の小説やエッセイでも、日ごろからそれらに触れていると、単なる酒場には終わらない「パブ」(Public House=公共の家)が、長い歴史を引き継ぎながら、社会の中で大きな重要性を持ち続けてきたことは私たちの頭にもおのずと入ってきている。見た目には、そこに集うのは成人男性の姿が多く、事実、映画『オールド・オーク』でも、常連客は炭鉱労働者だった男性4人組だ。彼らが、シリア人に世話を焼くパブ店主に嫌味な言葉を吐きながら、その排外主義的な態度を露わにしてゆくところから物語は転がり始めるのだが……。(写真=ケン・ローチ監督)

この映画は東京でもまだ上映中で、今後は各地での上映へと展開してゆくだろうから、これ以上の内容説明は避けよう。ただ一点、物語の展開の仕方も、台詞の一つひとつも、まさに2026年の世界の、そして日本の現状を的確に言い当てている、とだけは言っておきたい。最も典型的には「○〇人ファースト」に見られる排外主義、△△人がやってくる前から、この地は国内的な要因で十分に寂れていたのに、すべてを外部から新参の△△人のせいにしてしまう怠惰なご都合主義――つまりは、自己中心主義的な言動で差別と分断を煽る言動が社会には溢れかえるのだ。だが、その対極にあって、「苦難・連帯・闘争」という選択肢を選ぶ人びとがいることを、映画は静かに指し示す。同時に、差別と分断を煽る言動は、社会の底辺を形成する人びとからも流れ出てくるが、そこには「そのひとなりの論理」があることを映画は蔑ろにしない。それをも描き切ることで、映画は、観た者同士が感想を語り合う条件を、そしてこれからどうすべきかをひとり一人が内省し得る余韻を残して終わることになる。
折しも5月7日に実施されたイギリスの統一地方選挙で与党・労働党は歴史的大敗を喫し、野党・保守党も大きく議席を減らす中で、「反移民」を掲げる極右政党「リフォームUK」が大きく躍進した。映画『オールド・オーク』の舞台となったイージントンから北東へわずか30キロ程度の距離と思われるサンダーランド(ここは石炭業も盛んで、かつ「世界最大の造船都市」とも謳われていたが、造船工場は1988年に閉鎖され、炭鉱も1994年に閉山された)で「リフォームUK」は大躍進を遂げた。
この現実を前に、いずれ来るべきイギリスの、そして世界全体の「姿かたち」を、3年前に予感的に描いたケン・ローチの「絶望」は深いに違いない。だが、彼はこの「絶望」をも予見し得たからこそ、映画『オールド・オーク』を創ったのだと言えるのかもしれない。
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ケン・ローチ監督とは、一度お会いしたことがある。監督が、2003年「高松宮殿下記念世界文化賞」を受賞し、それを受けるために来日した際に、である。同年秋(おそらく10月)だったと思う。当時は、米国のブッシュ大統領が主導し、イギリスのトニー・ブレア労働党政権がそれに追随して「対テロ戦争」なるものを両国あいまって展開していた時代だった。その年の3月には、米国の言い分からすれば「大量破壊兵器を手放さない」フセイン大統領治下のイラク攻撃も始まっていた。ケン・ローチはブレア政権の政策を批判して労働党を離れた時期に重なると思う。元来、幅広い労働党の中でも最左派に位置していたケン・ローチは、「日本美術協会」が主催して1988年から行なっている「世界文化賞」なるものがどんな性格を持つのか、左派の国際的な繋がりを駆使して日本のしかるべき潮流に問い合わせたのだろう。
賞は一皇族名を冠として持つ文化賞であること。日本美術協会なるものは、右派メディア・フジサンケイグループに属しており、会長は、「太平洋戦争」中のほとんどの期間を参謀本部に在勤していた瀬島隆三が務めていること。瀬島は、イギリスのサッチャー政権、米国のレーガン政権と同時代の1980年代前半に、先進国における新自由主義路線を推進した日本の中曽根政権(1982年~1987年)のブレーンとして政財界に並々ならぬ影響力を及ぼしていたこと。その中曽根政権の下で国鉄の分割民営化がなされたこと――などを知ったのだと思う。それでも敢えて彼は受賞のために来日した。一連の公式行事の合間を縫って、社会運動活動家・映画関係者20人ほどで「ケン・ローチを囲む会」が開かれた。ごく短い時間の会合だったが、その場に私も居合わせて、彼の話を聞き、終了後にごく短い挨拶の言葉を交わしたのである。
その会合の様子を、その時点で記録した報告が残っている。第四インターナショナル機関紙「週刊かけはし」2003年11月24日号に掲載された「サンキュー、ケン・ローチ――映画界の「巨匠」は確信に満ちた革命的社会主義者だった」と題する、国富建治の手になる記事がそれである。賞金1500万円の一部を彼がどのように使ったかにも触れていて、いかにもケン・ローチらしく、私の好きなエピソードだ。(以下をお読みください)。→ https://jrcl.info/web/frame031124b.html
私にとっては、もうひとつ、大事なことがある。ケン・ローチは1936年6月生まれだから、まもなく90歳を超える。2023年制作の『オールド・オーク』が「最後の作品だ」と自ら語っている理由のひとつだろう。私の盟友、ボリビアのウカマウ集団の監督、ホルヘ・サンヒネスは1936年7月生まれだ。ケン・ローチより一ヵ月年下なだけで、同年齢だ。昨年公開できたホルヘの最新作『30年後――ふたりのボリビア兵』の制作年度は2022年だ。ホルヘは「これが最後の作品だ」とは言ってきてはいない。昨2025年も、ホルヘは、国家プロジェクト「ボリビア独立200年祭に際して記憶されるべき人物と歴史的瞬間」と題する5話(各1時間)から成るオムニバス映画の総指揮に当たっていた。だが、次回作の構想は、まだ届いていない。私としては、ポルトガルのマノエル・ド・オリヴェイラ監督(1908~2015年)がそうであったように、100歳を超えても現役で映画を制作してほしいと、西のケン・ローチ/南のホルヘ・サンヒネスというふたりの映画監督に期待しているのだが……。

