永田浩三(ジャーナリスト・武蔵大学名誉教授)

映画監督・大森一樹さんの生前最後の企画ということもあって、公開初日に吉祥寺のアップリンクで観た。最近は名作が目白押し。そんななか、お客さんが多いわけではなかった。映画の興行ってほんとうに苛酷だ。
『幕末ヒポクラテス』たちの前に、『ヒポクラテスたち』があった。京都府立医科大学で学び、医師免許を持つ大森さんが、医学の道に進もうとする京都の若者たちの葛藤を描いたのが、1980年の『ヒポクラテスたち』だった。当時わたしはNHK京都放送局4年目のディレクター4年目。1年先輩に、後にテレビドラマの巨匠になる黛りんたろうさんがいた。黛さんのもとに遊びにやってくる大森さんとわたしもよく話した。のびのびした、いたずら好きな映画大好き人間だった。
『ヒポクラテスたち』を演じたのは、心を病む医学生・古尾谷雅人さんや、自殺する優等生・伊藤蘭さん。ほかに、子育てしながら国家試験に苦戦する柄本明さん、学生運動にのめり込む内藤剛志さんがいた。鮮烈に記憶しているのは、古尾谷さんが「わたしは医師としてこれからなにをしようしていけばいいのか」と、カメラに向かって手話で問う場面。そこだけは画像が荒い8ミリフィルムだった。学生時代、自主映画『暗くなるまで待てない』などの作品で評判をとった大森さんが、職業監督にはない初々しいアイディアを随所に散りばめ、素人っぽさを残した作品は、わたし自身とも重なるところが多い青春の映画だった。
前置きが長くなったが、『幕末ヒポクラテス』の方はどうだろう。監督は緒方明さん。先日亡くなった長谷川和彦さんを中心に大森さんたち9人の気鋭の監督が参加したディレクターズ・カンパニーに、緒方さんは助監督として参加。大森作品の助監督につくこともあった。緒方作品で何よりも好きなのは、田中裕子さん主演の『いつか読書する日』。長崎の急な階段を駆け上り牛乳を配達する孤独で本好きの女性を田中さんが演じた。
3年前大森さんが白血病で急逝した後、緒方さんが企画を引き継いだ。舞台は幕末の京都郊外。藪医者の漢方医を演じるのは内藤剛志さん、打ち首になった罪人を解剖するのは柄本明さん。配役も絵作りも編集においても、大森さんの遊び心や軽みが散りばめられ、まさにオマージュのような作品なのだった。
映画の設定で面白いのは、主人公の佐々木蔵之介演じる蘭方医のお隣さんが棺桶屋であること。医師がどんなにがんばっても死から自由になることはできない。医師たるもの、その切なさ、悲しみに向き合い、耐えなければならない。これは46年前の『ヒポクラテスたち』においても重要なテーマだった。
この映画は、大森さんの母校・京都府立医科大学創立150年の記念映画。ストーリーの展開に意外性はない。次はこうなると予想すると、ほとんどその通りに展開するのだった。セリフにも意外なところはない。安心して見ていられるが、正直言えば物足りなさも少し感じた。映画を見た医学生たちが、幕末の蘭方医に倣って、日々の困難を乗り越え、人々の大切な命の守り手として、息長くがんばってくれることを願う。
★『幕末ヒポクラテスたち』公式サイト⇒https://gaga.ne.jp/bakuhippo_movie

