永田浩三(ジャーナリスト・武蔵大学名誉教授)

怖い映画だ。怖くて苦くて、身につまされる。見終わった後、突然わたし自身が体験してきた理不尽やいじめがよみがえり、胸の中にあふれかえった。それと同時に、10年前亡くなった父のことを思い出した。90代半ばに差し掛かり一人暮らしに限界が見えた時、父は入院を希望した。しかし、病院では自分らしい暮らしがまったくできない。父は一か月で悲鳴を上げ、自宅に戻り自宅で亡くなった。家に戻ることを決めた時の、弱弱しい笑顔が忘れられない。
さて、映画の原題は『The Rule of Jenny Pen』。「ジェニー・ペンの掟」とでも言おうか。ジェニー・ペンとは、ケアハウスの残酷ないじめっ子で支配者のデイヴがいつも右手に持っているセラピー・ドールの名前。セラピー・ドールは、それまで隠されていた感情や想像力を表出する訓練のために使う、心理療法のための人形だ。
デイヴが標的にしたのは、長く人権派の判事を務めてきたステファン。裁判で判決を言い渡している時に脳卒中を起こし、半身まひで車椅子の生活となりケアハウスにやってきた。ステファンを待っていたのは、それまでの自信と誇りに溢れていた暮らしが破壊されるような日々だった。
デイヴは執拗にステファンに暴力を振るい、いたぶる。夜中、ピンクのカーテンにジェニー・ペンの人形の影がうつるだけで恐怖に震えあがるようになる。
しかし、デイヴはなぜそこまでステファンを憎むのだろう。理由がわかってくる。二人はそのむかし、勝ち組と負け組という露骨な格差の中ですれ違っていた。デイヴはそれをずっと忘れないでいた。ケアハウスの中で立場が逆転し、優位に立つことで、人生の帳尻が合うと考えた。デイヴがむかしこの施設の職員だったころの写真が出てくるが、ジャック・ニコルソン主演の『シャイニング』の一場面を連想した。
デイヴの暴力に対して、まったく無力なステファン。これは施設職員や医療従事者と利用者との関係を連想させる。目を凝らして見なければ、利用者の涙や悲鳴は浮かび上がってこないのだ。
映画の後半、ステファンはついに反撃に出る。同質の元ラガーマン・トニーとともに、一計を案じ、わなを仕掛ける。果たして軍配はどちらにあがるだろうか。
あのスティーヴン・キングは、「今年見た最恐の作品」と評した。でも怖いだけでなく、悲しく残酷な映画と言った方が正確かもしれない。たとえいじめがなくても、高齢になり、仲間を失い、からだの自由が奪われることが、人間にとってどれほどたいへんなことか。ふだんお世話になっているひとたちを大事にしなきゃと改めて思った。
★『ジェニー・ペンはご機嫌ななめ』公式サイト⇒https://jennypen.jp/


