永田浩三(ジャーナリスト・武蔵大学名誉教授)





 映画『告白』の怖さに震えたのはもう16年も前のこと。湊かなえという作家の原作の映画はどれもすごい。今回もきっとさまざま仕掛けが施されていることを期待して観た。

 原作の小説は、10歳になる主人公の佐伯章子が、20年後の「大人章子」から励ましの手紙をもらい、折々に独白のような返事を書いていくという筋書きになっている。だが、映画では、佐伯章子とともに、章子のことを大事に気に掛ける教師の篠宮真唯子が全体をひっぱり、さまざまな時空を飛んでいく構成になっている。語り手が目まぐるしく入れ替わり、これって誰だっけと戸惑うことが何度も。おかげで一度も眠くなることがなかった。

 この映画を見ようと思った理由のひとつに、篠宮先生を演じたのが黒島結菜さんだということだ。朝ドラの『ちむどんどん』で主役を演じたが、脚本・演出がいまひとつ。「まさかやー」のセリフが妙に浮いてしまう、つらいドラマの被害?を受けたように思った。だから、今回はぜひリベンジを果たしてほしいと念じて映画館に足を運んだ。
 結果はほんとうに見事だった。こころに抱える闇と格闘しながら、必死で章子(演じるのは山﨑七海さん)を支えようとする。素晴らしいのは、夜の町を黒島さんと山崎さんが風が吹き抜けるように走り続けるところ。

 映画の重要な小道具となっているのは洋菓子のマドレーヌ。フランスの作家、マルセル・プルーストの大作『失われた時を求めて』の冒頭に、紅茶に浸したマドレーヌを食べた途端すべての記憶がよみがえるということを連想させる。

 もうひとつの小道具は、むかしの映画だ。原作では、あのロビン・ウイリアムズとマット・デイモンが演じる『グッドウイル・ハンティング』が使われ、貧困の中で数学者を目指すというキーワードが提示されていた。だが映画では、小津安二郎の『東京物語』が使われた。夫を戦地で失った原節子と義父の笠智衆の会話のなかで、死者を思い続けて生きることの困難さを提示しようとしていた。

 この物語の最大のトリック、20年後の章子が、なぜ20年後の未来からであるという証拠品を付けて手紙を送ることができたのか。その証拠品とは、夢の遊園地「ドリームランド」の20年後の記念グッズがそれだった。ドリームランドは、実は1961年から2006年まで奈良市に実在した。わたしは小学校1年のとき、祖母が亡くなった精進落としに、家族で訪れたことがある。映画のなかで、章子と友人の森本真珠の二人は、ドリームランドまで必死で逃げる。そして入場門のところで、意を決し、泣きながら叫ぶのだ。「わたしたちを助けてください」と。

 そしてもうひとつのトリックは名前である。章子の母の名前は佐伯文乃(北川景子さんが好演している。『ナイトフラワー』も素晴らしかったなあ)。ふたりの名前を合わせると「文章」になる。人は昔から大事なことは文章を書いて残す。言葉を形あるものとするために。20年後の未来からの手紙もまさにそうした大事な願いの結晶なのだった。

 湊かなえさんの小説の中には、いつも虐待やいじめ、理不尽に抗うことができず、人生を狂わされ、密かに復讐を決意する人間が出てくる。声をあげられないひとに寄りそう。それが湊さんの原作作品の人気の源泉であり、素敵な映画になる秘密だとわかった。

★映画『未来』公式サイト⇒https://mirai-movie.jp