
毎木曜掲載・第431回(2026.4.16)
デイヴィッド・ランシマン著『民主主義の壊れ方―クーデタ・大惨事・テクノロジー』(若林茂樹・訳、白水社、2020年)

本書のタイトルは意表を突く。訳者の意訳かと思ったが、原題を確かめると、“How Democracy Ends” で違いはない。「民主主義は終末を迎えるのか?」著者の国際政治学者ランシマンがこの問いを考え始めるきっかけとなったのは、トランプが米大統領に就任したことだという。確かに、民主主義の根幹を揺るがすトランプの言動は枚挙にいとまがない。しかし、アメリカに限らず、多くの国で民主主義は混迷を深めている。100年の歴史を経て、現代の代議制民主主義は制度疲労を起こしており、いわば、「中年危機」にあると著者は評する。
本書は3つのテーマで、民主主義が直面した過去の危機と現代の危機の違いを論じている。第一章は「クーデタ!」、第二章「大惨事!」、そして最も手強いのが、第三章の「テクノロジーによる乗っ取り!」である。
第1に、クーデタというと、武力によるものを想起するが、現代のクーデタは、質と規模が異なり、武力によるクーデタ以外にも、民主主義を転覆させる方法は6つある、という。なかでも、
①政府上層部が権限を強化し、裁量によって民主制度を弱体化させるもの。
②「確信犯的クーデタ」。自らを正当化するために選挙を実施し、民主主義を乗っ取るもの。
この②タイプなどは、高市政権が行なった今年明けの抜き打ち解散、総選挙など当てはまるのではないか。これらは、民主主義という外見を保ちながら民主主義を転覆するという、民主主義を隠れ蓑にしたクーデタだ、という。徐々に民主主義を侵食するため、それに抵抗する勢力の形成が困難であり、人々を傍観者にさせるもので、「観衆型民主主義」などと呼ばれる。
また、権力から疎外されたと感じる人々は陰謀論に与しやすい。かつては敗者の論理であった陰謀論は、いまや勝者も政敵を攻撃するために陰謀論を流布させるなど、21世紀は陰謀論の黄金時代になりつつあるとさえいう。
第2に、大惨事の脅威も変容した。核戦争、気候変動、生物テロ、殺傷ロボットなど。こうした脅威に直面して人々は思考停止に陥り、民主主義は失われる。1962年にレイチェル・カーソンが「沈黙の春」で環境破壊を告発したが、今やそれを凌ぐ脅威である気候変動に対しては、危機感が広がらない。影響が徐々に進行するため現実味が乏しく、でっち上げだという言説も流布して、陰謀論の渦巻く問題と化している。
また冷戦時代には、核戦争の危機感も高まり、市民の反核運動も活発だったが、現代は、核軍縮は優先順位を別の政治問題に置き換えられて、政治行動につながらない。核兵器が使われる蓋然性はむしろ高まっているにもかかわらず、核による滅亡の惨事はあまりに途方もなく、実感できないため、やはり不確実な未来には目を閉じてやり過ごす。「観衆型民主主義」のリスクはここにも見られる。
第3章は、民主主義がテクノロジーに乗っ取られる危険についての考察に進む。
現代は、代議制民主主義に対する不満が大きい。対応が遅い上、自分の声が届かず、多くの人が疎外されていると感じている。現代のポピュリズムのうねりの根底にあるのは、孤立しているという感情だ。自分の声を聞きとどけ、認めてもらいたいという承認欲求に、ソーシャルネットワークが場を提供した。だが、オンライン上の直接民主主義は偽物であり、民主主義の擬制である。フェイスブックも全ての人を包摂し世界を一つに、などと謳いながら、実際は排他的な集団思考を形成すると、著者は手厳しく批判する。急速に進歩するデジタル技術は多くの問題解決能力を有する。それを利用しない手はない。しかし、技術に依存しすぎると、技術に精通した人、技術を利用して政治を行う専門家に隷属させられ、世界はデモクラシーから、テクノクラシーに向かう。今、GAFAのような巨大IT企業は政治を動かす影響力を持ち、彼らとの対処の仕方を、国家はまだ分からずにいる。
終章で、著者はこう記している。
「トランプはいずれ退場していく。だが、トランプ以上の脅威であるザッカ―バ―グは居続ける。これが民主主義の未来だ。多くの問題は解決されるが、また新たな問題も数多く生まれる。そしてゆっくりと、だが確実に民主主義は終焉を迎える。」では解決策はあるのか? 民主主義に取って代わるような制度はいまだ現れない。20世紀に民主主義の代替物として提起されたソ連社会主義は、失敗に終わった。21世紀の例えば中国に見るプラグマティックな権威主義も、民主主義の魅力である個人の尊厳や民主的権利を保障するものでない以上、代替物とはならない。民主主義が最も欠点の少ない選択肢であることは、今も変わらないとランシマンは言う。
本書を通じて、妙に私の心に残った一文がある。それは、「民主主義は戦闘行為のない内戦である。」
私たちが現状の民主主義に安住し、政治を忘れていると、民主主義の土台は容易に堀り崩される。日々、私たちは闘う人であらねばなるまい。

