16日付京都新聞夕刊の写真(共同配信)が目を引いた。キャプションはこう説明している。

<ヨルダンの首都アンマンの土産物店が並ぶマーケットの一角で、見覚えのある漫画が目に留まりました。表紙にはアラビア語で「はだしのゲン」と書かれているようです。広島原爆被害を描いた不朽の名作です。ヨルダンの人たちに漫画表現は伝わるのかと思って眺めていましたが、訪れた男性は「漫画だと手に取りやすくていいね」と見入っていました。>

 トランプとエタニヤフが仕掛けた「戦争」の渦中にある中東。そのヨルダンの街頭に「ゲン」がいる。

 「はだしのゲン」(中沢啓治<1939-2012>作)は24の言語に翻訳され、世界中で読まれている。翻訳者にも特別の思いがある。

 7年かけて全10巻を中国語に訳した坂東弘美さんは、特高の拷問を受けながら反戦を貫いたゲンの父親(中沢さんの父親)と、帝国日本の兵士として中国で現地の人びとを殺害した自分の父親の落差を思ったとき、「父親が戦争を生き延びたから私がいる。そんな自分が、受けたものを社会に返すことができるとすれば、それは「ゲン」を翻訳すること」と思った(2023年8月20日のNHK「こころの時代」、同8月21日のブログ参照)。

 中沢さんは2024年に、「漫画のアカデミー賞」といわれるアメリカのアイズナー賞(「コミックの殿堂」部門)を受賞した。ただ世界中で読まれているだけでなく、その優秀さが評価されているのだ。まさに日本の宝だ。

 ところが当の日本で、「ゲン」は世界で評価されているほどには評価されていないと思う。それどころか攻撃さえ受けている。

 松江市が閲覧を制限しようとしたり(2013年)、各地の図書館で破られたりした。

 中でも許せないのは、「ゲン」の舞台であり中沢さんの出身地である広島市で、教育勅語を賛美する松井一実市長の下で「ゲン」が平和教育の教材から削除(差し替え)されたことだ(23年2月18日のブログ参照)。

 なぜ「ゲン」は攻撃を受けるのか。それは「ゲン」がたんに「広島原爆被害を描いた」文学ではないからだ。「ゲン」には少なくともあと2つ、重要なテーマがある。在日朝鮮人差別に対する怒りと、天皇の戦争責任追及・天皇制批判だ。それが「ゲン」に他の「原爆文学」にない不朽の輝きを与えている。だから右翼や権力側から攻撃される。

 「天皇(制)タブー」が日本の宝を腐らせようとしているのだ。

 ヨルダンはじめ「ゲン」を読んでいる世界中の人々は、日本では天皇裕仁の戦争責任が追及され天皇制が批判されていると思うかもしれない。だとすればそれは残念ながら幻想だ。

 「はだしのゲン」を読み直し、その価値を再認識する必要があるのは、日本人自身だ。

★アリの一言ブログ