山形の百姓・菅野芳秀さん

<堀切さとみ>

 3月29日、「令和の百姓一揆」第二弾が東京・青山公園で行われた。集まった人の数は昨年より少なかったが、集会で登壇した農家の数は倍増していた。

 呼びかけ人の菅野芳秀さんは、足が悪くてステージに上がれなかった。それでも声を振り絞って、日本から百姓が消えるのは時間の問題だと訴えた。この5年で26万の農家が離農し、今、農業人口が一番多いのは平均77歳の団塊世代。あと五年後を想像してみてほしいと。
 長年無農薬でコメを作っていたが、どうにも食えなくなって離農し、派遣で働いているという男性もマイクを握った。無念さが痛いほど伝わってきた。

 また、東京大学院特任教授の鈴木宣弘さん(下左写真)は「日本の食糧自給率は38%と言われているが、そんなものではない。肥料や種、エネルギーを海外に依存していることを換算すると9%以下だ。しかし日本政府は、食物工場や昆虫食、培養肉などの代替食糧生産にシフトすればいいと考えている。農家を支える政策ではなく、一部の企業が儲ける流れを作ろうとしている」と訴えた。

  いろんな人にインタビューしたが、米の値段が上がったことに、消費者はすっかり慣れてしまい、肝心なことに目を向けなくなっているという声が多かった。農業や食を守らない国は危険だ。大規模化と輸入に頼ればいいという政策は間違っている。人の手を使わない、土や太陽の光とも無縁なスマート農業が推奨されている。そんな国に暮らしていていいのだろうか。参加した人達の危機感は高まっていると感じた。

 その一方で、昨年の百姓一揆に触発されて、耕作放棄地を借りて米作りを始めたという30代の男性がいた。農業の知識はまったくなかったが、さいたま市見沼地区で、回りの人に知恵を授けてもらって頑張っているという。その事を菅野さんに伝えたら「本当か? 嬉しいなあ」と目を細めていた。

 インタビュー動画(30分)https://www.youtube.com/watch?v=r2Qw4uj0AMs

「令和の百姓一揆」に参加して

 <福原時夫>
 私は昨日(3/29)、全国17箇所同時開催の「令和の百姓一揆」の青山公園南地区でのデモに参加しました。百姓、消費者、市民、市町村議、県議、国会議員と沿道の方々と一体になったイベントでした。昨年(3/30)当日の同時開催は14箇所でしたが、その後9ヶ月で29都道府県で7,000人参加して「令和の百姓一揆」が徐々に国民に浸透して行っている事を実感しました。やはり、国民を二分する政治ではなく、民主主義に則って真の国益を皆でつくり上げていきましょう。人生は楽しく、愉快に、生きていきたいものですね。(下左写真は福原さん)

全国の百姓一揆と連帯して熊本県人吉で集会パレード

『百姓一揆』熊本県人吉実行委員長・宮崎勇市さんの報告

 3月29日(日)全国の百姓一揆と連帯して 人吉・球磨でも百姓一揆の集会とパレードを行いました。(左=チラシ)
 農業を守ろう!、農家を守ろう!、欧米並みの所得補償を!
 国産農産物を食べよう!未来の子どもたちに国産残そう!

 農家は100万人 平均年齢69歳 農家の時給10円 離農者続出 耕作放棄地拡大(一つの県をしのぐくらいの面積) 後継者無し、人口減少率大
 このような状況が続くとここ5年が正念場です。
 政府は農地の集約、大規模化、スマート農業の推進をすすめており、その方向で取り組んでいる農家には補助金を出しており、小型のトラクターを買っても補助金なし。私が住んでいる中山間地では大規模化は無理。そんなところには補助金は出ません。

 昨年から始まった「令和の百姓一揆」は、なにも打ちこわしをやろうというものではなく、切羽詰まった状況を変えていかないと食糧危機に陥るのは目に見えている。食料自給率38%、種の自給率10% ほとんどの食料を輸入に頼っているのが現実。ホルムズ海峡が通過できなくなっただけでパニックになっているのだから、食料を運ぶルートが不通になったら、一番最初に飢えるのは都会の市民であることは明白です。

 この農業問題は、消費者の問題であることに消費者は気づいてほしい。消費者と生産者が連帯して声を上げていかないとたいへんなことになると。

 私たちは、人吉球磨10市町村の全議員、全農業委員、青年団にチラシを届け、参加を呼びかけました。そのほか生協、婦人会、こども食堂友人・知人など1500枚のチラシを配布して呼びかけました。
 当日は約50人の人が集まり、集会とパレードを行いました。主義主張を越えて、農法は違っても、農業を守るという1点で一致するなら誰でも参加できるような行動にしようという呼びかけです。右翼も日の丸を持って参加してきました。集会での発言もしてもらいました。が、徒歩での行進のとき、彼らの街宣車は、私たちのそばを何度も通りながら、農業を守ろうとは言いませんでした。

 軽トラ7台で国道219号線を片道25km、往復50km 街宣パレードしました。徒歩パレードは人吉市内を3kmを歩きながらシュプレヒコールを上げながら訴えました。