今回のレイバーネットTVは開局から14年、200号となった。その間、私たちは世の中の理不尽を傍観することなく発信してきた。これからもその姿勢は崩さずに、いつでも「あなた」の味方でありたいと願っている。
 今回の日航の労働争議は、二回目の出演である。彼らがこだわっているのは、「自分たちの権利を守る」を越えて、他の人々の命を守りたいから。この放送の後にも日航機同士の接触事故があった。安全を守るには、現場での意思疎通が大切で、経営者と労働者が一緒に体制を整えようということで、それが会社の経営を守ることでもあると訴える。

報告:笠原真弓

【オープニング】<レイバーネットTV200号を振り返るダイジェストビデオ>
 
 制作・解説:堀切さとみ
 2010年からの200号全部の映像を見て、各号から秒、分単位で切り出し、10分にまとめた作品。初代キャスター松元千枝さんと土屋トカチさんが登場。今は亡き方々の懐かしい姿、そして発足1年も経たずに起きた福島の原発事故をどこよりもしっかりと伝えた様子が分かる。14年を経てスタッフたちの経年変化も面白い。

【特集】<日本の空は大丈夫か?-羽田衝突事故とJAL解雇争議>
 司会:黒鉄好
 ゲスト:山口宏弥(JAL争議団委員長・元機長)
 宝地戸百合子(JAL争議団副委員長・元客室乗務員)

 JAL争議団委員長の山口宏弥さんと副委員長の宝地戸(ほうちど)百合子さんは、13年ぶりに制服を着用したと解雇当時のJALの制服姿で現れた。

◆能登地震に関連して起きた羽田飛行機事故を検証する~山口宏弥さん  まず、今年2日に起きた羽田の飛行機事故、日航旅客機(機内の全員379人脱出)と海上保安庁機(1名重症、5名死亡)との衝突事故が なぜ起きたかを語る。
 飛行機事故は複合的な要因と、それに伴う負の連鎖で起きるもの。今回の場合は、教科書に残るような事故という。
 現在事故調査中だが、再発防止というより、警察が表に出ることで犯人探しになってしまう。「不利益なことは言わない」となる。そのため事故の真の問題が突き止められないという弊害が出てくると前置きをして、事故原因につながる要素を挙げた。
・海保機は機長より副機長の方が年配者だったので、命令系統に何かあった可能性がある
・日航機は操縦桿を機長とこの機の操縦になれていない副操縦士が握り、もう一人の副操縦士が控えていた。そのコンビネーションはどうだったか
・海保機が滑走路手前で停止しているという情報があり、日航機は滑走路内に移動してもOKだった
・この機は、操縦席の機器がフロントガラスに写る(ヘッドアップディスプレイ)方式。楽なのだが、人間の目はそれを見るとその向うのものは機能的によく見えなくなる
・当時夜だったこと、海保機と日航機の高さが違い、日航機の後ろに海保機がいたなどの条件が重なり、日航機は海保機を認識していなかった

◆警察とは違う立場で事故原因と再発防止に取り組むのが労組・現場の義務
山口さんは続けて、事故調査の結果は1年半後くらいに発表されるだろうが、事故の背景的要因までは触れないだろう。背景を指摘するのが、労働組合なり現場なので、我々は躊躇なく事故の原因や背景を発信していく義務がある。

 1977年9月27日、羽田発香港経由でマレーシアに行く日航機があった。香港までは副操縦士が、そこからクアラルンプールまでは機長が操縦桿を握った。マレーシア空港の天候が悪かったので空中待機していた。
 日航のマニュアルは、安全性・定時制・快適性だったが、当時燃料費が高くなり、経済性が加わった。これは安全性に大きな影響がある。
 しばらく上空で待機していたものの機長が着陸しようかと言い、副操縦士と航空機関士は黙っていた。降下した飛行機はゴム林に墜落し34名が亡くなった。
 マレーシアの事故調査委員会は降下に対して他のクルーはなぜ何も言わなかったのか?と指摘した。
 このことでも、事故防止には日常のコミニケションの大切がわかると山口さん。

◆羽田の奇跡と言われた脱出劇はなぜ成功したのか~宝地戸百合子さん  今回の事故を世間では燃える日航機から全員が脱出できたことを羽田の奇跡というがなぜとの問いに、怪我された方が15人いらしたとはいえ、いのちに別条なく脱出できたことは、奇跡と言えると宝地戸さん。
 たまたま客室乗務員が8つの扉に9人いたということが、全員脱出のカギになったと。窓の外に火災が見えた時はドアを開けてはいけないというルールがあり、判断は客室乗務員がする。今回は3つのドアが開けられた。当然ベテランも含めよくやったのだが、マスコミも会社も「新人がよくやった」と言っている。その裏には、会社がベテランの働きを評価せず解雇したことを正当化する線上の発言と指摘。

 便によっては、ドアの数だけ客室乗務員がいないこともあり、次の便での事故なら、1カ所しか開かなかった可能性があるとか。
 今回の事故で明らかになったのは、客室乗務員は保安要員であり、乗客を守る最後の砦ということ。
 ところが法務省の分類では、客室乗務員は「サービス要員」「身の回りの世話」に分類されていて、国家ライセンスもないことが問題だと強調する。

◆管制官の指示は正しく伝わったのか?
 黒鉄好さんは、管制官の人員と飛行機の数の経年変化の図を示し、管制官の数は右肩下がり、飛行機は右肩上がりである。国交省は、ひょっとしてこれだけ人減らしをしたと誇っているのではと思ってゾーッとしたと言う。

 山口さんは「耳で聞いて目で確認する」二重チェックが安全の大切なこと。

 続けて、飛行許可が出てから飛行体制に入るまでの指示と目と耳での確認の説明をする。その細やかさが、事故を防いでいると。
更に、機長や副操縦士などの年齢(今回は40歳前後で歳の差があまりなかった)や立場、人間関係なども微妙に影響したのでは?と続ける。

 5月10日の福岡空港での日航機の誤侵入にも触れる。(報道の範囲だが)滑走路誤侵入はよくあり、パイロット自身が気づいたりする。ただ日航でトラブルが続く背景の究明が大事と。

◆御巣鷹山の事故は入社後2回目の事故だったと宝地戸さん
 1985年の御巣鷹山事故発生時、宝地戸さんは成田に詰めていた。情報が錯綜する中で、その日に現地まで行き、ご家族と体育館に運ばれる棺のケアをしたと当時をリアルに語る。

◆日航で事故が続く背景は機長の組合外し!
 1972年5月15日、羽田でオーバーランによる事故があった。それまで訓練中の事故はあったが、お客を乗せての事故はなかった。その後ニューデリー、モスクワ……、御巣鷹山と続き、事故原因を真剣に考えたと当時現役だった山口さん。
 そして結論は「職場の分断」だった。1970年に機長を全員管理職にして、組合外しをした。それが職場の意思疎通を阻害したが、組合が頑張って機長も組合に入れるようにしたことで、事故は減少していった。労組に入っても、物を言わなければ航空の安全は保てないことを示しているという。

◆民間空港の軍事利用で何が起きたか
 日米地位協定があるので、米軍は日本国内の空港や港湾施設を自由に利用できる。自衛隊機が先に使用すれば、米軍機も使用しやすい。問題は、軍用機と民間機の目的が違うため、離陸着陸の仕方など違ってくる。危険なので共用は難しいし、民間航空の軍事利用に協力していたパンナムは、テロの対象になるなどで、乗客に拒否されて倒産した。

●乱鬼龍とジョニーHのコーナー
今日の迷句  安全性空恐ろしい空がある  乱鬼龍
       不都合な真実隠す防衛省   為子
 特別参加  安全に国交省は上の空    黒鉄好

 ジョニーH替え歌コーナー 朝の雨→JAL不当解雇撤回(Early morning rain)

◆危険な羽田新ルートの検証
 都心上空を飛ぶ危険について山口さんは解説する。
2020年の東京オリンピックの前に、乗客増加を予想して午後3時から7時まで都心上空を飛行ルートに加えた(「国際線で9%くらい増える」と:黒鉄さん調べ)。ほとんどの飛行機事故は、離陸後3分、着陸前8分の魔の11分間に起きている。つまり、午後3時から7時まではその魔の時間、都心上空を飛ぶことになる。加えて中野駅の西側は横田基地空域で「アメリカの空」なので離着陸とも神経を使う。
この制度が始まった2020年はちょうどコロナと重なり便数も抑えられていたが、今はコロナ前に回復しつつあり、このルートの本格的適用がはじまった。管制官もはじめての経験である。そんな中での事故である。

◆JAL解雇争議は「空の安全確保」である
 山口さん、宝地戸さんが所属する「JAL争議団」は、会社の示す解決案になぜNOを言い続けているのか?それは「空の安全確保」なのである。
 2010年に経営破綻を理由に、希望退職者を募る等大量解雇の経緯映像が流れる。
 会社が2兆円超の負債解消のため16000人の人員整理を発表。会社側の希望退職に応じなかった165人を2010年12月31日に一方的に解雇した。その後裁判になり、2015年の最高裁で上告棄却となる。
 2021年には被解雇者労組が立ち上がり、新たな局面で妥結するも、それを「ヨシ」としない山口さんたち33人が新たに組合を立ち上げ今に至る。

 ではなぜ闘争を続けているのか? ベテランの経験とチームワークが安全を守る
 2010年、希望退職者を募ったり、公的資金の投入があり、その年の12月の段階で黒字が出た。更に2月には会長は、解雇の必要がなかったと記者会見もしている。
 その後の調べで2011年3月の段階で、パイロット266人、客室乗務員466人が削減しすぎていたことが判明している。希望退職を拒否した全員を受け入れても全く問題はなかったことが分かる。
 現在、会社に対する要求は、雇用を回復してから、その先をどうするかを話し合うということだという。
 当時、パイロットは機長が55歳以上、副操縦士は48歳以上、客室乗務員は53歳以上と病欠中の人が解雇された。世界のどこを見ても、ベテランから解雇するところはない。
 ここで、2年前の知床の遊覧船事故を引き合いに出し、ベテラン4人を解雇したための事故発生を指摘し、続けて2009年の「ハドソン川の奇跡」と言われた事故で機長は奇跡ではない、ベテランの経験とチームワークが成功させたと証言している。
 宝地戸さんは今も復職を求めて闘っている理由を語る。
 春くらいから希望退職に応じるような圧力を感じていたが、秋のその日、ロンドンからの人員的に過酷なフライトを終え社に帰ると、上司に呼ばれて希望退職に応じるように促される。この人を辞めさせたいからと狙いを定めた条件を付けてくるのは、許せないという。

◆あきらめずに闘う原点は?
 山口さんは、1977年1月14日、自分の前の日航の貨物便が牛49頭をバラ積みしての離陸時に、バランスを崩して墜落した。その後、様々問題が起きたので、牛のバラ積み輸送は中止になった(当時牛肉は輸入禁止だったが、生きた動物は輸入できた)。それ以来、紙1枚のスケジュール表で命が左右されることを身に沁みて感じ、その日を自分の命日と定めて安全問題に力を入れて取り組んできた。

 宝地戸さんは、以前は出産したら退社、定年も早かったが入社後撤廃され、男性と同じ条件になった。それらは、先輩たちの闘いの成果だった。自分は、アルバイトスチュワーデスの導入を阻止してきた。
 安全を求めればお金がかかり、利益優先にすると安全が犠牲になるのだが、そこを突いてくる「ものを言う」組合員が必要と。

 黒鉄さんは、それらの話から、知床遊覧船が14億円の賠償を求めて提訴に踏み切ったが、高い代償を払わせないと、企業が安全を守ることは難しいのではないか。国鉄民営化の時も国労本部が非解雇者の声を無視したことを思い出したという。その時分割民営化を推進したのが本田勝さん。その後の2014年に事務次官になり誰もが危険と思っていた羽田の新ルートを決めて退官後、2019年に東京メトロの会長になり、ここでも民営化に舵を切ったとか。

 会場・視聴者からの質問
Q:2年前から「JAL青空チャンネル」というTV発信をしているが、新しい試みなどあれば、伺いたい。
A:―本社前の宣伝など、様々なところで「知ってもらう」ことを試みている。労働委員会も最終局面になっている。6月に株主総会があるが、一昨年の株主総会では1つの労組とは交渉が順調に進んでいると言い、その後解決。昨年は総会では一切雇用問題には触れなかった。今年はどうなるか注目している。

 成田の本社前などでのチラシ撒きや国交省を中心とした宣伝行動をしている。総会当日も本社前で、集会をする予定。
 争議の日程は下記。
https://www.facebook.com/photo/?fbid=745684007719221

◆JALの出した人権方針の現実
 山口さんは、最後に言いたいと、2019年に出したJALグループ人権方針について訴える。
 性別・国籍・年齢・人種・宗教 による差別はしないというもの。
 それなのに、私たちは年齢や病気を理由にパイロットや客室乗務員、それぞれ80人前後を解雇している。ところがこの間、パイロットは600人、客室乗務員は6700人を新規採用しているにもかかわらず、解雇した人たちを1人も前職に戻していない。このやり方は反社会的な経営だという。続けて、2023年度の純利益が995億円と大幅な黒字である。そのような状況の中で、事故後に社長も交代したことだし、新社長がこの問題を解決して出発してほしいと願うと山口さんは力を籠める。

 宝地戸さんは、2007年に客室乗務員役1万人の監視を会社と一部労組がしていたことが発覚した。裁判をして勝利解決したのが2010年、解雇の年の秋だった。会社側が、裁判に持ち込むような社員を許せなかったことが、ありありと分かる。ものを言う人を排除するという体質を改めない限り安全確保はないので、早期解決したいと決意を語った。

------------------------- ◆(注)山口宏弥さんの発言訂正が2箇所あります。
・20.36ごろ「副操縦士はボーイング737から移ってきた」→正しくは「ボーイング767」
・59.35ごろ「進入の角度は3% 横田の関係で3.5%」→正しくは「3度、3.5度」

次回5月27日14時~15時半:『大山商店街を分断する乱開発アーケード解体問題』。(曜日・放送開始時間がいつもと違います)