4月12日に板橋区・向原ホールで『三里塚を生きる』(監督:大津幸四郎、代島治彦)の討論会を開催しました。
たまたま15名の和室しか借りれなかったところに、19名もの参加者がありギュウギュウ詰め。さながら団結小屋のような雰囲気。140分の長い映画で、さぞかし大変なことになるだろうと思いましたが、ものすごい熱気の中、食い入るように観る人が多く、最後は拍手が起きました。



三里塚闘争(成田闘争)については、農民や支援者と一体となって作った小川プロによる記録映画が数多く残されています。『三里塚を生きる』はそこから時を経て、2014年に公開されました。政府公団、機動隊が農民や支援者と激しくぶつかった頃のことを、当時の映像を交えながら振り返るという映画ですが、『日本解放戦線・三里塚の夏』(1968年)で撮影を担当した大津幸四郎さんが、なんと50年の時を経て、カメラを回しています。(公開から6日後に、大津さんは80歳で亡くなりました)
三里塚を経験した人が、かつての武勇伝を語る場になりそうな予感がありましたが、参加者の3分の1は「行ったことがない」という人。「党派対立のイメージがあって近づけなかったが、映像の中の母ちゃんたちの闘いをみて泣きそうになった」「あれだけの武力対立のあと、公開シンポジウムなどを経て合意形成に至った経緯を知りたいと思っていた」という感想もありました。
農民が生活をかけて闘い、多くの市民や労働者に支持された闘いでした。日本一の貧乏婆と言われた大木よねさんが、強制収用に敢然と立ち向かい、機動隊に食らいつく様に、今も心が揺さぶられます。その一方で三人の警官が東峰十字路で亡くなり、青年行動隊のリーダーだった三宮文男さんが自死。その重さを背負いきれなくなってしまったことが、分裂の起点となったのかもしれない。光と影をあらためて感じさせられる映画でした。

4月29日に三里塚にフィールドワークに行こう!そんな計画を立てた矢先の4月1日に、朝日新聞がトップで「成田拡張 強制収用を検討」を報じました。三里塚は過去の歴史ではなく、現在進行形の問題だったのです。
闘う側と、国策を推し進める国の双方が、あの時代をどう総括したのかが問われていると思います。

