堀切さとみ(映像制作者)

 福島県浪江町で印刷業を営んできた、ある家族にフォーカスしたドキュメンタリ―である。「三角屋」は福島第一原発にほど近い、国道六号線にある標識の名前だ。
 冒頭に「原発事故で避難を余儀なくされた人は47万人。今も帰らない理由は、避難生活が長期化したことと放射能への不安」というテロップが流れる。しかし、原発政策と闘うとか、強い信念を持って生きる人物が出てくるわけではない。渡部という80代の夫婦と、その母親の三年間の物語である。

 三人の関係が、いかにも福島だ。個として生きるのでなく妻として、嫁として、母として、そして男として、家族における役割をきちんと担ってきた人たちなのだ。
 名前を呼ばれることのない「嫁」という存在である茂子。実母の介護は男である自分にはできないという武政。老いては子に従う100歳のテツ。それは遠い昔の話ではない。福島には、こういう人や家族がゴロゴロいる。

山田徹監督(左)と佐藤そのみさん

 同じ日本でも、都市部と地方ではかくも違う。映画の後のトークで、東京出身の山田徹監督(40代)と、宮城県大川出身の映像作家・佐藤そのみさん(20代)が対談した。山田監督にとって、自分がカメラを向けた渡辺家は「驚きの連続だった」。しかし佐藤さんにとって、映像に出てくる家族の関係は当たり前の姿だった。「東京に出て来て、はじめて誰かが我慢していたことに気づいた」という。
 「先祖代々」を大切にし、家系図を見せて自慢する。そんな福島の人と関わってきた私もまた、自分との違いを痛感しながら、そのことの良さと、不自由さの両者を感じてきた。

 「双葉にいた時は、自殺なんて考えられなかったよぉ」と言う人がいる。末代まで言われてしまう。自分だけの問題では済まされない。でも原発で避難してバラバラな個になったら「もう、どうでもいいか」と思うこともあったと、その人は言った。
 封建的な家制度のおかげで、何とか崩れないで生きられた(テツさんの百歳の祝いを盛大にやれた誇らしさも含めて)福島の強さがある。不条理に思えることも、笑顔と近所づきあいの力で明るくかわす「嫁」の役割を発揮することが出来る。
 それが原発事故で壊れた。そんな家族はいくらでもいただろう。

 映画のハイライトは、解体することになった浪江の家に、親族が集まる場面だ。家への思い入れをしみじみ語る武政に、長男が父への怒りをぶつける。「面倒なことはすべて母にやらせてきたではないか」と。家族内に生まれた異質な価値観のぶつかり合い。むき出しにされた家族は、その痛みを抱えながら、決して分断には向かわない。

 2021年に撮影を終えてから5年もたって公開された。渡部家の人々にとって、それだけの時間が必要だったのかもしれない。
 山田監督は『新地町の漁師たち』を作った人でもある。久しぶりに、原発事故後を生きる人々の存在を、克明に見つめた映画に出会えた気がする。

『三角屋の交差点で』公式サイト⇒https://sankakuya-film.jp/