田中進

 50年の時を経て日本に届いた、ケン・ローチ監督『石炭の値打ち』。いつの間にか消えてしまった、イギリス炭鉱労働者を描いた物語。
 炭鉱で働くということは、どういうことなのか?
 炭鉱では、坑道で掘削した石炭を、トロッコで運び出す。坑道内では、爆発、ガスの充満、崩落などがあり、常に危険がつきまとう。だから、坑道内で働く炭鉱労働者は、仕事中は、四六時中、声を掛け合って、助け合う。いったん事故が起これば、労働者同士、ケガをした仲間を助け、行方不明の仲間を捜索する。
 今日の日本の労働者は、デスクのパソコンに向かって、個人で作業をされている方が多いかと思うので、あまり想像がつかないのではないか。今日の日本での肉体労働の大半は、外国人労働者が担っているからだ。

 第1部は、「炭鉱の人びとに会って下さい」。時は、1976年3月。4月に、皇太子のチャールズが、ヨークシャーの炭鉱を表敬訪問する話が持ち上がる。炭鉱の所長・フォーブスが、職場の会議で、表敬訪問を受け入れることを、皆んなに提案する。それに対して、炭鉱労働者のシド・ストーリーが反対意見を述べる。シドは、なかなか弁が達者だ。結局、訪問を受け入れることになり、労働者たちが、受け入れ準備のために、建物の壁にペンキを塗り、敷地内に植樹したりする。
 最後のシーンは、チャールズが、ヘリコプターで、炭鉱に降りてきて、炭鉱の住民あげて、かれを歓迎するところで終わる。だが、ストーリーの息子・マークだけが、その時、釣りに興じている。
 第2部は、「現実に帰る」。第1部とは異なり、坑道内で大崩落の事故が起きる。イギリス炭鉱庁(NCB)のレスキュー隊が、取るものもとりあえず現場に駆けつける。死者や行方不明者が出る。家族が炭鉱に呼び出される。テレビ・新聞が、取材に来る。などなど。騒然とした雰囲気。そんな中で、シド・ストーリーは、奇跡的に、一命を取り留める。
 当時、全国炭鉱労働組合(NUM)ヨークシャー支部長のアーサー・スカーギル(後に、NUMの委員長)の指示で、支部から役員が派遣される。所長のフォーブスは、最終的に事故現場を確認し、事故の責任を重く感じ、腹をくくる。こんなことは、今日の日本では、考えられないのではないか?

 この映画では、炭鉱労働者とその家族の普段の生活も描かれていて、いろいろ気付かされることがある。
 映画は、ケン・ローチ監督と、『ケス』の脚本=バリー・ハインズ、プロジューサー=トニー・ガーネットのゴールデンコンビ。出演者は、すべて、地元の人びとで、労働者や家族、コメディアン、ミュージシャンなど。
 ケン・ローチの父は、炭鉱で働いた後、電子技師として炭鉱を離れ、息子をオックスフォーへ送り出したが、息子の祖父も叔父も炭鉱労働者だった。バリー・ハンイズも、また、炭鉱労働者の家に生まれ、鉱山の測量見習いとなるが、復学して、体育教師やアマチュア・サッカー選手をしながら、小説を書き始め、ローチと巡り合う。
 本当に見応えのある映画だった。

 イギリスでの公開は、テレビ映画「石炭の値打ち」として、BBCのドラマ枠である「プレイ・フォー・トゥデイ」で、1977年に放映された。
日本での公開は、昨年11月14日。ですから、現時点での上映館が非常に少ないです。以下の上映館情報をご確認いただき、映画館に足をお運び下さい。

★『石炭の値打ち』公式サイト⇒https://www.sumomo-inc.com/priceofcoal