〔アリの一言〕

米・トランプ政権のイラン攻撃・最高指導者殺害に対し、高市早苗首相は2日の衆院予算委員会でも、逆にイランに矛先を向け、アメリカに対しては「法的評価は差し控える」と沈黙してトランプを擁護しました。

「日米同盟を外交安保政策の基軸とする日本は、米国によるイラン攻撃への直接的な論評を避けている…トランプ大統領に配慮して国際法無視の攻撃をする米国を批判できず、苦しい対応を迫られている」(2日付朝日新聞デジタル)

 その一方、高市氏が繰り返したのが、「国民生活・経済活動への影響を最小限に抑えるため必要な対応を講じていきたい」という言説です。

 高市氏だけではありません。今回の事態発生直後から日本のメディアが声高に報じたのは「国民生活・経済活動への影響」です。とりわけNHKは、論評のほか街頭インタビューでも市民に「暮らしへの影響は?」とマイクを向けました(写真右は2日夜の「ニュースウォッチ9」)。

 今回だけではありません。中東地域で紛争(その多くはアメリカが関与)が起こるたびに日本の政府とメディアは、「石油を9割以上中東に依存している日本の国民生活と経済活動への影響」を大きく、優先的に取り上げます。

 この傾向は2つの意味でけっして看過できません。

 第1に、発生した紛争・戦争への評価を明確にしてその収拾を働きかけねばならない日本政府の責任をあいまいにし、問題の焦点をそらすことです。高市氏が米・トランプの暴挙に口をつぐむ一方で「国民生活・経済活動への影響」を強調しているのはその端的な表れです。NHKはじめメディアの報道はそれに手を貸すものです。

 第2に、世界でどのような事態(紛争・戦争)が起ころうと、まず自分の「暮らしへの影響」を心配するのは、狭い意味での自分の利益を第1に考える視野狭窄の自己中心主義にほかなりません。それを助長しているのが日本政府の対応・メディアの報道です。

 まず行わなければならないのは、起こっている事態について可能な限り正確な情報を集め(取得し)、事の是非について自分の判断を持つこと、そして可能ならなんらかの方法でそれを発信することです。

 今回の場合であれば、何よりも人命と人権を尊重する立場から、米・トランプの蛮行を明確に糾弾することです。その視点から今回の事態と日本(日本に住む自分)とのかかわりを考え、米・トランプを擁護し追随している高市政権を厳しく批判する、総選挙で高市・自民に票を投じた人はその支持を撤回する、そして日米軍事同盟の解消を要求すること、それこそが日本人の責任ではないでしょうか。

 何が起こってもまず自分の暮らし、物価、株価を気にする(その一方で年9兆円にのぼる軍事費は容認)という日本人の生き方は、日米軍事同盟というアメリカの傘(強大な軍事力)の中で安寧をむさぼるものであり、人間性の劣化と言わねばなりません。