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日本軍はここまでやっていた 第2弾
日時:2026年7月18日(土)13:30開場 14:00開始
会場:ドーンセンター 4階大会議室3
〒540-0008 大阪市中央区大手前1-3-49
京阪・地下鉄「天満橋駅」徒歩5分
地図→https://x.gd/0OSXq
内容:
・「医の論理と戦争」上映 77分
・佐藤真由美さんのお話
会費:1000円(学生・障碍者500円)
主催:南京大虐殺60カ年大阪実行委員会
佐藤真由美さん
1968年、旧東ドイツ・東ベルリン生まれ。
20歳まで東ドイツ国籍。
1972年、文化大革命のさなかの中国に渡り、14歳で日本に(青森県)に帰国。
東北大学医学部中退後、アメリカに留学。
オハイオ州立大学、カリフォルニア州立大学、工学及び心理学修士課程修了後、アメリカン航空、デルタ航空、英国のヴァージン・アトランディック航空、フィジー共和国のフィジーエアウェイズ(旧エア・パシフィック)航空に勤務。
その傍ら、東欧、インド、カンボジア、ラオス各国で、人身売買の被害少女らのカウンセリングなど国際NGO活動に従事。
2009年、国連職員として、アフガニスタン、ベトナムで活動。
日本帰国後、国際機関太平洋諸島センター、ベトナム航空勤務を経て、現在、フリーで航空会社のコンサルタント業務、会議通訳及び、バングラデシュや南太平洋と日本をつなぐ交換留学支援活動を行う。
祖父は山本五十六とともに一緒に軍医として同乗墜落死。
祖母は戦前最後の東大医学部女性卒業医師として南洋群島赴任後戦況により731部隊関連(南京1644部隊)の医療業務に関わり、その贖罪の想いで、東ドイツのフンボルト大学、「文革」前後北京大学で医師養成に尽くす。
東ドイツ国籍で東ドイツ、北京、大連などで成長した。
一家で帰国後、祖母は開業医をする傍ら、青森のハンセン病院の医院長として、差別と闘っていた。
また、同じ町に住んでいた永山則夫の母を支援、看取ったのも祖母だった。
戦後10年間、アジア・太平洋各地の激戦地、慰霊、そして謝罪の旅を祖母と続けた。
3.11東日本大震災以降は、日本赤十字社や国際NGOのボランティアスタッフとして、被害者のカウンセリングを続けている。
著書:『跳べ!世界へ エアラインから国連、国際NGOへ』(解放出版社)(佐藤真由美さんの人生のリアルなルポルタージュ・自伝)

