永田浩三(ジャーナリスト・武蔵大学名誉教授)

英語の表題はA FOGGY TALE 霧のかかったお話とでも言おうか。長い戦争が終結し、日本の植民地時代が幕を閉じたにもかかわらず、今度は、国民党政権がさまざまな抵抗勢力を弾圧し白色テロを行う。先行きは深い霧に包まれ見渡すことなどできない。この映画は去年から今に至るまで、台湾では空前のヒットなのだという。ストーリーや詩情、ゆるぎない演技で、日本でもきっと多くの支持を集めるに違いない。
冒頭のシーンは、台湾の南部・嘉義(台南と台中の間あたり)のさとうきび畑。1950年代前半、嘉義は抵抗運動と粛清が最も激しいところだった。絵描きを志す兄・阿雲と兄を慕う妹・阿月が語り合う。兄は言う。たとえ今はつらくても、腕時計の針を早く進めれば未来を夢見ることができる。なんて美しい場面だろうか。だが幸せな時はまたたく間に過ぎ去り、残酷な別れがやってくる。
阿月は、銃殺された兄の遺体をもらい受けるため、たったひとり列車で台北に向う。そこでの波乱万丈。いいひとだと思ったらとんでもなく危ない目に遭ったり、怪しいと思いきや神さまのようなひとだったり。遺族がなきがらを受け取るだけで、地方の農民の年収と同じ金が必要になるってどういうことだ。ましてや兄の阿雲は権力によって理不尽に殺されたのだ。

阿月を助けるのは、輪タクの車夫・趙公道。中国本土・広東から国民党の兵士として台湾にやってきたが、スパイの容疑をかけられる。
ところで、アジア・太平洋戦争の末期、秋田県花岡鉱山で働かされていた中国人捕虜が蜂起して虐殺される花岡事件が起きた。日本の加害の歴史を描き、責任を問うた本の題名が男の名前と同じ『公道』。公道とは正義の行いをあらわす。公道という名前であることを誇る男が、阿月の危機を何度も救おうとがんばるのだ。
映画の中でもっともこころ震えるのは、兄が妹に自作のおとぎ話を伝える場面。
この世界に2滴のしずくがあった。名前を阿水と阿迷と言った。阿水は、一足先に雲になった。阿水は言う。「おいでよ、一緒に雲になって世界の空を旅しよう」。阿迷は答える。「必ず行くから待っていて!」 やがて、雲になった阿水は彩り豊かな夕焼け雲になった。一方翌朝、阿迷は雲ではなく、地を這うような霧になった。深い霧は世界を包み、先を見通すことができない。雲は笑いながら流れていき、霧は悲しみに暮れた。
阿月は、その後どのような人生を生きたのだろう。公道の名前を冠した男はどうなったのだろう。映画は霧が晴れたその後の台湾社会についても触れている。
最近の映画『済州島四・三事件 ハラン』といい、『絞首台からの生還 在日韓国人スパイ捏造事件の半世紀』といい、今回の『霧のごとく』といい、いずれも日本の植民地時代が深い翳を落している。そういえば、阿月の姉・阿霞が舞台でレビューを踊る場面が出てくるが、音楽の作曲者は演歌の神様・古賀政男だった。
来年、わたしの高校2年のクラスの仲間が台湾への修学旅行の計画を立てている。これを機会に、台湾のことがもっともっと知りたくなった。
★『霧のごとく』公式サイト⇒https://www.afoggytale.com

