
毎木曜掲載・第418回(2026/1/15) 評者:那須研一
●『日本のアジア侵略』(小林英夫 著、山川出版社・世界史リブレット44、1998年刊)

昨年夏の参院選以来顕在化した差別排外主義、中国に矛先を向けた戦争策動と箍(たが)のはずれた大軍拡、アメリカとイスラエルによる戦争犯罪と日本の関与…これらを巡る議論に際して、かつての日本帝国主義のアジア諸国に対する加害の事実から目を背けるならば、あるいは、それをなかったことにするならば、その言説は空疎であり、倫理に悖(もと)るものになると思う。
かく言う私(1963年生まれ)も、誕生のわずか18年前まで猛威を振るっていた天皇制軍国主義と植民地主義、長きにわたる日帝アジア侵略の歴史について、断片的な知識しかない…。その全体像を知りたい、蛮行の動因を掴みたい、というのが本書を手に取った動機である。
本書の叙述は、日本のアジア侵略・植民地化の起点としての日清(1894-1895)・日露(1904-1905)戦争から始まる。両戦争は朝鮮半島の支配権を巡る争いであり、清に対する勝利の結果、日本は朝鮮での勢力を拡大するとともに、台湾を植民地にして以後50年間統治。日英によるロシア圧倒によって、朝鮮(韓国)の主権を奪ってのちに属国化、中国東北部=「満洲」にも侵略の楔を打ち込む…この史実は、現在の日本社会でどれだけ常識となっているだろうか?
1910年韓国併合、1919年朝鮮3.1独立運動弾圧、1930-1931年台湾での抗日反乱と鎮圧(霧社事件)、1932年「満洲国」建設、1937年日中開戦〜南京大虐殺、1938-1941年重慶爆撃…。今「中国・北朝鮮の脅威」「台湾有事」を語る者の中でどれ程の人が、かつて東アジアの人たちに日本が与えた塗炭の痛苦に思いを馳せているだろうか?

1942-1943年泰緬(タイ-ビルマ間)鉄道建設へのロームシャ(東南アジア労働者)18万人の強制動員(約7万4千人死亡)、満洲の炭鉱・工場へのクーリー(中国・華北の労働者)140万人の強制移動、1939-1945年朝鮮労働者の日本への強制徴用72万人余(6万余人死亡)、同時期の中国人労働者の対日移送約4万人(7千余人死亡)…。彼ら労働者の故国で憤怒と悲嘆と共に刻まれている被害の記憶に触れてなお「日本人ファースト」なる戯言を口にできるだろうか?
これら侵略と占領の帰結が、2000万超のアジア民衆殺戮と中国・朝鮮半島その他諸地域の荒廃・政治的混乱であった。
「戦後」80年間、私たちは自らの加害の事実を直視して語り継ぐことを怠り、侵略の最高責任者を「象徴」として振り仰いできた。その延長に今の日本社会の視野狭窄と倫理的退廃があると思う。
今こそ、父祖の世代のアジア侵略の歴史がこの社会で広く共有され、若い世代に継承されることを切望するーアジアの人々との真の和解と揺るぎない平和構築のために。
【付記】
「蛮行の動因」について、他書から概括的解説を借りて記しておきたいー「維新政府の軍
事装備は、日本資本主義生誕にとっては、二重の意味で必要であって、すなわち第一に、
国内的に、旧徳川封建制隷役機構の変革によって零細耕作農奴から転化された所の、半隷
農的零細耕作農民、半隷奴的賃銀労働者、これらの労役者層の抵抗を鎮静するために軍事
設備が所要であり、また第二に、国外的に、先進資本主義諸国の侵略から自己を防衛する
とともに同時にまた、中国朝鮮での市場獲得、鉄確保を強行するために軍事設備が所要で
あり、以上の二重の意味でそれは一個の至上命令であった」(山田盛太郎『日本資本主義
分析』)…封建制から資本主義への経済体制発展の画期としての明治維新以後の日本国家
における軍隊の役割の一つが、労働者・農民の抵抗の鎮圧であった、という指摘は重要だ
と思う。そして軍隊の主務は資本主義発展の要請する国外市場の獲得および工業生産にお
ける「米」=鉄の原材料を産する海外鉱山の奪取。日本資本主義はその生誕期においてす
でに、国内の弾圧を担うとともに列強に伍して市場・物資の獲得を目指す軍事組織=軍国
主義と一体であった、というのである。日帝の凶暴性の因ってきたる所か…日本のアジア
侵略の動因としての資本主義の構造と展開の探求を今後の私の課題としたいと思う。


