<志真斗美恵 第21回(2026.3.23)・毎月第4月曜掲載> 

●東京オペラシティアートギャラリー「アルフレド・ジャー あなたと私、そして世界のすべての人たち」展

 

 アルフレド・ジャー、2018年ヒロシマ賞を受賞している。彼は、1956年チリ・サンティアゴに生まれた。建築と映像制作を学んだ後、1982年ピノチェット独裁のチリを出て以後、ニューヨークを拠点に美術活動をしている。

 ヒロシマ賞は、1989年に広島市が創設し、3年に1回授与している賞で、美術の分野で人類の平和に貢献した作家の業績を顕彰し、核兵器廃絶と世界恒久平和を願う「ヒロシマの心」を現代美術を通して広く世界へアピールすることを目的としている。

 ジャーは、以下のような受賞メッセージを寄せた。「第11回ヒロシマ賞を授与していただくことになりとても光栄に思います。大変名誉なことだと感じると同時に、受賞者としての責任を重く受け止めています。この暗い時代においては、『ヒロシマの心』が今まで以上に必要とされています。栗原貞子がその崇高な詩『生ましめんかな』の中で示唆したように、私は『生ましめる』努力をしなければならず、また実際努力していくつもりです。」しかし、2020年に行われるはずのヒロシマ賞授賞式と受賞記念展は、コロナ禍で延期され、3年後に広島現代美術館で実施された。

 今回の「アルフレッド・ジャー あなたと私、そして世界のすべての人たち」展は、1970年代の初期作品から展示され、彼の「社会の不均衡や世界各地の出来事への真摯なまなざし」を、写真・映像・立体などの多様な作品を通してみることができる。

 展示室Aの初期作品は、アメリカとは本来、大陸をさす言葉であるにもかかわらず、合衆国の人は、自分たちだけだけを〈アメリカ人〉と捉えていると指摘する。「アメリカ合衆国へようこそ(TIME)」(2018)は、トランプがホンジュラスの小さな女の子と向き合っている『タイム』の表紙2枚がならぶ。同じ絵柄に見えるが、1枚は表紙そのもので、中にWelcome to Amerikaと書かれている。もう1枚はAmericaを黒線で消しWelcome to the USAと書き換えている。本来、南北アメリカを指す語が、the USA=アメリカ合衆国の白人だけの〈アメリカ〉となっていることへの意義申し立てなのだ。第1次トランプ政権下の作品だが、現在のトランプによる傲慢なアメリカンファーストの掛け声と移民の虐殺を思わせる。

 「1973年9月11日(黒)」(1974)と名付けられた作品は、黒色の中に1973年の1月から12月までの1年間のカレンダーが描かれている。カレンダーをみると、9月11日以後の日付は変わらず、11が並んでいる。その日、軍事クーデターによってアジェンデ政権が倒されピノチェット独裁政権がつくられた。ピノチェト政権は、1973年9月11日から1990年まで、17年間も続いている。

 展示室Bは、ブラジルのセーラ・ベラーデ金鉱の労働者の多数の写真で構成される「ゴールド・イン・ザ・モーニング」(1985/2007)。部屋に入った瞬間に、私は、同じ金山の露天掘りの労働者をうつしたセバスチャン・サルガドの写真を見たときの衝撃を思い起こした。ジャーは、カラーで、何枚もの工夫された写真の展示を通して、搾取や格差、そして、見るものの日常までを考えさせようとしていた。ジャーは「社会問題を他者の物語としてではなく、自分自身も関与しているものとして感じられる」ために、鑑賞者に身体的な体験を促す。そのことは困難なことだと思わされた。

 展示室Cの「エウロバ」(1994)は、1直線に並ぶ6つの両面ライトボックスで焔が並び、ボスニア紛争で都市を襲った炎が表される。その奥の壁には、30枚の額装ミラーが並び現地の人びとの写真――それはみる者が身体を動かして見ようとしなければならない。

 展示室Eの「明日は明日の陽が昇る」(2025/写真)は、この展覧会のために作られた。床に置かれた日章旗の上に、同じ大きさで天井から吊り下げられた星条旗。下部と上部、支配と従属。「日本が、なぜこれほどまでアメリカに対して弱く、依存しているのか。私には理解しきれない部分もある」とジャーは言う。

 「ヒロシマ、ヒロシマ」(2023)は、インスタレーションで、ヒロシマ賞受賞記念展のために制作された。広島を囲む山と川・街が写されたのちに、飛行禁止の区域で初めて許可されたドローンで原爆ドームが真上からとらえられる。その直後に、大音響とともに幾台もの送風機から強風が送り込まれる。原爆投下の体験をさせようとしているのだ。ジャーは、知覚そのものを追悼の行為に変え、歴史をふりかえさせる。

 鑑賞ではなく自発的な行動をと訴えるジャーの主張に戸惑いながらも、考えさせられた展示だった。
(2026.3.29まで 一般1600円 大・高生1000円 中学生以下無料)