堀切さとみ

福島第一原発事故から15年。国は原発ゼロではなく、再稼働の方向に舵を切っている。2015年の九州電力・川内原発を皮切りに、この2月にはついに東京電力が柏崎刈羽原発を再稼働させた。再稼働の条件のひとつが「住民避難計画をつくること」である。
3月6日、ギャラリー古藤で開催されている江古田映画祭で、調査報道記者・日野行介さんの講演が行われた。題して「原発再稼働のための避難計画のインチキ」。避難計画は住民のためのものではなく、はじめから実効性などないことを、五万枚の内部資料から明らかにした。
そもそも「原発避難計画」は、福島第一原発事故前には存在しなかった。安全神話に覆われていて、避難する必要など無いことになっていたのだから。
3・11では事故の翌日、原発から10キロ圏内五万人に避難指示が出され、多くの住民が大混乱した。その反省から国は、原発から30キロ圏内の自治体に、住民避難計画の策定を求めるようにしたのだ。
しかし、実際どのように、誰が決めていくのかは、秘密のベールに包まれている。勉強会に始まり、いくつかの防災協議会を経て、首相官邸で行われる原子力防災会議へ。会議というが何の議論もなく、首相がOKを出し、12分程度で終わるセレモニー的なものだ。日野さんは徹底した情報公開請求によって、その中身を明らかにしていく。住民の手の届くところになければならないはずの避難計画。隠すようなものではないのに「読後廃棄」のハンコが押された文書もある。いったい何故なのか、推理するのが日野さんのやり方だ。
●避難させないための避難計画
柏崎刈羽原発の30キロ圏内の人口は41万人、東海第二原発は96万人。これだけ多くの人を、安全に避難させる計画などつくれるのか。
原発避難計画の骨子は、避難を5キロ圏内(PAZ)と、5~30キロ圏内(UPZ)の二段階に分けることだ。5キロ圏内は放射能が放出される前に避難させるが、UPZは屋内退避。基準値(数日後で500μ㏜/h、一週間過ぎて20μ㏜/h)を超えていたら外に避難させるというものだ。能登地震のように家屋が倒壊する可能性など、まるっきり無視されている。
それより狡猾なのは安定ヨウ素剤の配り方だ。五キロ圏内の人には事故前からヨウ素剤を配り、UPZは避難する際に「一時集合所」において配るという。これは何を意味しているのか。そもそも、放射能を吸い込まないはずの五キロ圏内の住民にヨウ素剤を事前配布するくらいなら、UPZの住民にも同じように前もって配ればいいではないか。
そうした疑問をベースに、日野さんは議事録などを情報公開請求した。そこからみえてくるのは、安定ヨウ素剤の配布は、被ばくを最小限にするためではなく、UPZの人たちに「放射能が放出された後に避難しても、ヨウ素剤があるから大丈夫」という安心材料を与えるため。5キロ圏内の人たちと同時に避難させないようにするためだ。5キロ圏内の人が逃げれば、その周辺の人も逃げようとするだろう。それを強制的に「逃げるな」とは言えない。ではどうするか。避難計画の中に「住民に自主的避難をためらわせる仕掛け」を盛り込んでしまえばいい・・・。
そもそも再稼働を申請するのは電力会社なのに、避難計画をつくるのが自治体というのがおかしい。規制委は「地域の実情を知っているのは地元自治体だから」というが、責任の押し付けだというのが自治体担当者の本音だ。だから、日野さんの情報公開請求を内心喜ぶ向きもあるそうだ。
国が作成したテンプレート(ひな形)に、町の人口や距離などの数字を入れればいいようになっている。しかし、ことはそんなに簡単ではない。避難計画の中には「バスの確保」という項目がある。なるべく多くの人を30キロ圏外に移動させるためには、自家用車だけでは足りず、バスが必要だ。しかし、民間バスの運転手は放射線業務従事者ではないのだから、一般公衆の被ばく線量と同じ、年間1m㏜までしか浴びてはいけない。「バスに支援を要求するには、一ミリ㏜を超えないことを明記する必要がある」と自治体は食い下がる。しかし国は「不測の事態の時は、自治体の要請により、自衛隊や消防が支援を実施する」とかわす。一ミリ㏜を超えるのは大前提なのに「不測の事態」とは。そして、運転手を30キロ圏内に出動させるなら、1m㏜を超えた場合に補償する制度を整備すべきだが、それもやらない。何も考えていないのだ。
原発が事故を起こせば、安全に避難させるなど土台無理なことだ。そのことを、国も自治体もわかっている。
わかっているのに、計画をつくる。そして再稼働に道が開かれていく。
会場から「国は本気で再稼働したいのだろうか?」という質問が出た。日野さんの答えは「必ずしもそうではない。引くに引けなくなっているのではないか」と言うものだった。
騙す側の本心と手口を引っ張り出してきた日野さんの言葉だけに、説得力があった。


