<小泉雅英>
 2月20日、東京都内で、「えん罪・再審の法改正を! 大署名運動キックオフ市民集会」が開かれ、再審法改正に心を寄せる多くの人々が結集、大署名運動の開始を、参加者全員で宣言、キックオフの声を上げた(東京・四ツ谷、イグナチオ教会ヨセフホール)。

 集会は、永田浩三さんの司会で、冒頭に世話人代表として、鎌田慧さんの挨拶の後、この問題を、弁護士の立場で牽引して来た、鴨志田祐美さん(弁護士)による、再審法改正をめぐる詳細な状況報告がなされた。鴨志田弁護士は、これまでの超党派議員連盟(議連)の結成から、議員立法による再審法改正案の国会提出(2025年6月)、それを阻むような法務省(刑事局)による法制審議会(法制審)の設置と9カ月間、18回という拙速審議、その結果としての再審制度見直し「要綱案」採択(2026/2/02)に到る経緯を、新聞報道のされ方の差異なども挙げながら整理し、語った。その上で、議連の「議員立法案」と法制審案を対比しながら、重要な論点に沿って、詳しく説明された。

 その中では、証拠開示に関わる問題、証拠の一覧表の開示義務の問題、開示範囲の問題、開示証拠の目的外使用の問題、再審請求そのものへの調査(スクリーニング)の問題、再審請求の手続きを行う期日を指定(または変更)の問題、それらに加え、最大の問題として、検察官抗告や異議申立の問題等について、とても分かりやすく解説された。その上で、今回の自民党大勝という状況下、それでも議員立法案を再提出し、国会での再審法の成立を目指してゆくべきこと、そのためには自民党議員にも、えん罪を救えないような、今の再審法で良いのか、人権を蔑ろにした国で良いのか、等々、自民党内の良心をも動かしていくべきことを訴え、再審法改正を実現するための具体的な道を、熱く語った。この後、えん罪被害者の立場から、袴田ひで子さん、前川彰司さん、石川早智子さんの三人が、再審法改正へのそれぞれの思いを語った。

 袴田ひで子さん(写真左)は、姉として、死刑判決から生還した弟の袴田巌さんの現状と、再審制度の重要性を語り、その法の改正を訴えた。長い拘禁生活のため、男性恐怖症になっていたが、最近は少し回復し、男性の訪問客とも接することができるようになったことなどを話された。袴田さんは、第1次再審請求(1981 年4月)から無罪確定(2024年10月9日)まで43年間もかかり、1966年8月の逮捕からでは、第2次再審開始により執行停止・釈放(2014年3月)まで、48年間という膨大な時間を、一般社会から隔絶された獄壁の中に囚われていた。30歳~78歳という、まさに人生の大半が奪われたのだ。検察官による「不服申立」で再審決定が取り消されていなければ、また、最初から証拠が全て開示されていれば、長期の拘禁により精神の病に冒されることもなく、とっくに無罪釈放され、社会で活躍していたはずなのだ。ほんとうに、この非人道的な制度を一刻も早く廃止しなければならないと、改めて感じた。

 前川彰司さん(写真中央)は、この集会のために、遠路、福井県から来場し、えん罪被害者としての立場で、再審法の改正を熱く訴えた。前川さんは、1986年3月に福井市で起きた「女子中学生殺人事件」の犯人として、事件の1年後に逮捕され、3年半ほどの拘留後、1990年、第1審で無罪判決を得て釈放されたが、検察官控訴による第2審で、逆転有罪判決(懲役7年)を受けた。上告したが、最高裁で棄却され、確定。1997年に服役。2003年に出所後は、翌年に第一次再審請求を申立て、2011年に再審開始決定を得た。しかし、再び検察官の異議申立により決定が取り消され、特別抗告とその棄却を経て、2022年10月に第2次再審請求を申立て、2024年に再審開始決定、昨年7月に再審無罪判決を受け、今回は検察側の上告がなく、無罪が確定した。2004年の第1次再審申立てから、無罪確定まで、21年という時間(39歳~60歳)を、「犯罪者」として、国家権力により翻弄され、人生の貴重な時間を奪われたのだった。前川さんは、自らの少年時代、心の拠り所を失くし、薬物中毒に陥っていたこと、精神病院で入院治療する中で、出会いがあり、やがてダルクなどの回復支援団体へもつながったことなどを語った。最後に国権の最高機関である国会で、国民の信託を受けた国会議員による再審法の改正を強く訴えた。

 石川早智子さん(写真右)は、最愛の夫、一雄さんが、1963年5月の逮捕(24歳)から、1審での死刑判決、2審での無期懲役判決(1977年10月)が確定し、以来、第1次再審請求、第2次再審請求(1986年8月)を経て、再審請求中に仮出所(1994年12月)し、東京高裁による再審請求が棄却(1999年7月)され、異議申立をしていたが、「見えない手錠」を解かれぬまま、昨年2025年3月11日、自宅で逝去(86歳)した。一雄さんの、これまでの62年間の無念を、涙ながらに語った。証拠が開示されていたら、再審が開始されていたら、石川一雄さんの無実が明らかになり、無念のままの旅立ちはなかったこと、検察の不正義を糾し、議員立法による再審法の改正を、一日も早く実現することを訴えた。最後に、今、一雄さんが残した膨大な短歌のノートやメモなどを整理していること、いずれ皆さんに披露したいことなどを語った。早智子さんの心からの訴えに、なんとしても応えていかねばと強く感じた。

 この後、支援者、呼びかけ人によるリレートークとなり、まずジャーナリストの金平茂紀さんから、先日、高市政権の会見に行ったが、国会はロシアの国会と同様の翼賛体制で、何も期待できそうにないこと、けれど、そんな状況の中で、鴨志田弁護士は議員立法を求めていくということで、がんばっていること、そのためには、運動のスタイルを変え、若者も入って来るような魅力的なものにしなければいけないことなどを語った。講談師の神田香織さんは、石川一雄さんの冤罪を、講談として演じるに至った経緯などを語り、映画監督の金聖雄さんは、「えん罪監督」などと言われているが、この問題に関わった経緯と、石川一雄さん、袴田巌さん、桜井昌司さん、管家利和さんなど「被害者」との出会いの中で、彼らの魅力にひかれて作品を創ってきたことなどを語った。同じく、映画監督の周防正行さんは、「それでもボクはやってない」(2006年)を制作する中で、狭山事件に再会し、えん罪の問題を深く考えるようになったこと、議員立法による再審法の改正のための大署名運動を、ともに担っていきたいと決意を語った。

 カトリック司教の松浦悟郎さんは、宗教者としての立場から、えん罪被害者の救済について語った。法曹界からは、日弁連で鴨志田弁護士と共に奮闘している村山浩昭弁護士が発言した。判官として39年間勤めた経験から、えん罪被害者救済の最後の砦が再審法であること、法制審の答申を見て、こんな改正ではえん罪を救済することができないこと、とりわけ調査手続きを設定するなど、ハードルを高くして、再審への扉を狭くしていることなどを強く批判した。そして、再審とは、えん罪被害者の名誉を回復することが大きな目的であることなどを述べ、議員立法による再審法の改正を、あきらめずに求めていくことを訴えた。国会議員として、社民党の福島瑞穂党首が発言し、議員立法による再審法の改正の必要性と、厳しい政治状況だが、がんばりつづける決意を述べた。

 最後に、事務局の上杉聰さんから、今後の署名運動の進め方などについて、この運動に取り組むきっかけとなった、石川一雄さんの逮捕当時の負の経験なども含め、署名運動を500万規模の大きなものとしていこうと訴えた。最後に、野島美香さんが、集会アピールを朗読した。「(略)無実の人を救うために、また無実にもかかわらず処刑され、または汚名を晴らすことができずに亡くなっていった方たちの名誉を取り戻すために、こころある超党派の国会議員と強く連帯し、よりよき改正を実現するために、今日をスタート地点として活動を続けてまいります(略)」。これに応え、会場の全ての参加者で、「オー!」と声を上げ、集会を終了した。

 参加者の全てが、今回の集会での各氏の発言で、誰にでも起こり得る「えん罪」という国家権力による被害をなくす為、再審法の改正を一日も早く実現しなければ、と感じたに違いない。超党派の議員を動かし、人々の心を動かし、議員立法による再審法の改正を目指して、まずは署名運動を成功させよう!

→署名の問合せ先 info.mukyuuren@gmail.com

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