

今朝の新聞はいっせいに、ベネズエラの新政権が「米国に協力する」と表明したことを伝えています。これを見てベネズエラが米国の武力に完全に屈服したと考えがちですが、それは違います。ラテンアメリカの政治は想像以上にしたたかです。
副大統領から新大統領になったデルシー・ロドリゲスはチャベス時代の社会改革の正統派であり経済の実情にも詳しく、しかも柔軟、現実的な政治家です。彼女が政権を握ったことは、ベネズエラにとってむしろ良かった、と僕は思っています。マドゥーロは社会主義の精神論を振りかざすだけで、日本風に言えば「大和魂で苦境を乗り切ろう」と叫ぶだけのような面がありました。このためマドゥーロ時代のベネズエラはひたすら下降した。先の投稿で僕がマドゥーロを評価しないと言ったのは、このためです。
ロドリゲス新大統領は3日に「だれの植民地にもならない」と発言し、4日には「米政府と協力する」と言ったため、新聞各紙は「一転して態度を軟化」とか「対米協力を表明」と書きましたが、別に「一転」したわけではありません。彼女は「国民は戦争ではなく平和と対話を必要としている」「国際法の枠組みの下で私たちと協力するように米国政府に要請する」と語っています。協力するとは言っても「米国に従う」とは言ってません。あくまで主権はベネズエラの側にあるという意志の表明で、筋は一貫しています。
マドゥーロがいとも簡単に拘束された背景には、米CIAの周到な準備がありました。マドゥーロの警護隊幹部を多額のカネで買収し「米国での豊かな生活」を保障したことが指摘されています。カネにつられて警護隊がマドゥーロを裏切ったわけで、そうでなければたった2時間ほどで戦闘が終わるわけがありません。言い換えれば、マドゥーロは部下から離反されるような人物だったということです。
それはしかし、カネでつられるようなベネズエラ体制の弱さを露呈したことでもあります。経済危機が続き、マドゥーロの側近でさえ生活困難に陥ったのです。一般国民はもっと苦しかった。この危機をなんとか打開したいという気持ちをとりわけ持っていたのがロドリゲスらチャベス時代からの政治家たちでした。そこに突然、マドゥーロが連れ去られ重しがなくなった。その点はひそかにチャンスだと思ってるかもしれない。
「一転」と言えば、米国もまた態度を一転しました。トランプは「アメリカがベネズエラを運営する」と、占領軍として統治するような発言をしましたが、ルビオ国務長官は「政策を運営するということだ」と修正しました。米国がベネズエラを統治できるわけがない。陸軍を派兵すればゲリラ的な反撃を受けるのは目に見えています。そこでロドリゲスの新政権を操りながら米国の意に沿う政治をさせようという意図です。
しかし、ロドリゲスはマドゥーロの最側近でした。なぜ彼女を協力相手に指名するのか。あの「ノーベル平和賞をトランプに捧げます」と言った野党の指導者マチャードを担げばいいではありませんか。ところがトランプはにべもない。「彼女は国内で支持も尊敬も得られていない」と否定しました。使うだけ使ってもはや無益と見ればポイ捨てする。米国の大企業の労働者対策そのものです。高市首相も気をつけた方がいい。これが米国流のやり方です。
つまり米国もこれまでの反政府派ではベネズエラを統治できないことを認めたのです。ベネズエラが混乱に陥って再び米軍を出動させるのは、トランプにとっても得策ではない。イラクやアフガンの二の舞ですから。ここはロドリゲス新政権になんとか国内をうまく平穏に保ってほしい。そうなるとロドリゲス政権の主張にも配慮しなければならない。ここがロドリゲス政権の強みになります。米国の言うなりにはならないことをそのつど示すでしょう。
今後は一見すると米国に従うように見えながら、実は自国に有利な政策をあの手この手で進める姿が目に浮かびます。これを機にいわば米国をうまく利用して経済危機を打開しようと考えるでしょう。さらに米国を「後ろ盾」に、マチャードらこれまでの反政府派を取り込んでいこうとするかもしれない。「面従腹背」どころか「手玉にとる」ということを狙うでしょう。
トランプが狙うのは石油の利権です。米国の石油メジャーが乗り出していったん国有化された石油を再び米国企業が手に入れる事態も招くでしょう。しかし、マドゥーロの下で疲弊した石油産業の再建には多額の資金が必要で、10年はかかると言われます。それを米国企業にやらせ、やがてはじわじわとベネズエラの利益になるよううまく道筋をつけるやり方を模索し実行するのではないか。かつて石油相をしたロドリゲス新大統領はそれを虎視眈々と狙っているようにも思えます。そういえばマドゥーロはロドリゲスを「虎」に例えていました。
ラテンアメリカは作家ガルシア・マルケスが描いたように何が起きるかわからない世界です。政情の安定からは程遠い。民衆は支配に対して黙って従うのではなく、あの手この手で果敢に抵抗してきました。パッと見た目にふりまわされるのではなく、現に何が行われているのかをもって判断したいものです。政権移行ですから、もちろん簡単ではない。マドゥーロの支持者が騒ぎを起こすことだって当然、考えられます。それ以上に反政府側は主導権を握ろうとする動きを強めるでしょう。しばらくは混乱が予想されます。
画像は首都カラカスのスラムと、そこに住む子どもたちです。
(伊藤千尋さんのFBより転載)


