投稿者: 花崎哲
第88回 憲法を考える映画の会『豹変と沈黙 日記でたどる沖縄戦の道』
■日時:2026年6月7日(日)13:30〜16:30
■会場:文京区民センター 3A会議室(地下鉄春日駅・後楽園駅)
■プログラム
13:30〜13:35 この映画について
13:35〜16;15:20 映画『豹変と沈黙 日記でたどる沖縄戦への道』上映(104分)
15:30〜16;16:30 トークシェア (原義和監督ビデオメッセージ上映を予定)
映画『豹変と沈黙 日記でたどる沖縄戦への道』
解説:1937年の盧溝橋事件に端を発し、本格化した日中戦争を主な舞台に、名もなき3
人の日本兵と、やがて徴兵されていく1人の沖縄出身者の日記を朗読。ごく普通の日本
人が軍に徴集され兵士へと仕立てあげられていく過程を追いながら、戦場の知られざる
実態をひも解いていく。タイトルの「豹変」は日本兵が戦場で人間性を損なわれていく
姿を、「沈黙」は戦後、元日本兵たちが口を閉ざし、戦時の体験を胸に秘めて生きるこ
とになった日々をあらわしている。(2025年制作/104分/原義和監督作品/ドキュメ
ンタリー)
監督:原義和
出演者: 橘内良平 宮城さつき 西尾瞬三
ナレーション:相沢舞
作品ホームページ:https://www.yoshikazuhara.com/
憲法を考える映画の会ホームページ『豹変と沈黙』上映会:http://kenpou-eiga.com/?p=4061
豹変と沈黙 日記でたどる沖縄戦への道
イントロダクション
  「戦後80年」…アジア太平洋戦争の記憶を思い起こすことがより求められる節
目の年です。 「豹変」とは、日本兵が戦場で人間性を損なわれ、望むと望まな
いにかかわらず“人間兵器”へと仕立て上げられていった姿を表しています。 
「沈黙」は、戦後、元日本兵らが口を閉ざしたこと、“豹変”の欠片を胸に秘めて生き
ることになった戦後の日々などを表しています。  元日本兵本人が存命で直接イ
ンタビューができる時代には、戦中日記はさほど注目されなかったかもしれません。あ
まりに過酷な体験であり、また 緘口令があって戦争について多くを語らなかった体験
者がほとんどです。日記は元日本兵たちの知られざる一面を浮かび上がらせる社会的な
財産なのです。
  本作はどこにでもいた、ごく普通の日本人が、兵士として体験した戦場の一端
を描いています。生と死は紙一重、首斬りなども行われた異常な戦場…  果たし
て中国をはじめアジアの戦場で何があったのか。戦中日記を丁寧に読み解くことで歴史
の真実に迫ろうと挑戦したのが、この新作ドキュメンタリー映画です。
監督メッセージ
本作は、トライアンドエラー(=試行錯誤)から生まれた作品です。トライの一つが
『戦中日記』への着目です。
日記は、軍幹部や政治家のそれではなく、名もなき『一兵卒』のものを取り上げまし
た。おそらく家庭では「良き息子」「良き夫」であった庶民が軍に徴集され、日本兵へ
と仕立て上げられていった過程を追いました。
  トライアンドエラーのエラーとは、出兵した世代とその息子や娘の世代では記
憶の“断絶”があり、戦場体験者不在のいま、彼らの思いに肉薄することは難しく、踏
み込みが浅くなってしまうことです。2世にいくらインタビューをしても五里霧中にな
ることが多いのです。父親が亡くなった後、息子や娘が遺された日記に関心を
寄せるのは稀で、目も通さずに古物商に流している例もあります。しかし私にとって、
戦中日記との出会いは新たな地平を開いてくれました。 万年筆の文字が静かに伝える
戦場のリアルがありました。戦争が人間的な営みで、生身の人間が感情を伴って行うも
のであることを教えてくれました。戦中日記は戦場で書かれた一次資料であり、貴重な
一級資料です。私はこれらの日記を“社会の記憶” として歴史に刻みたいと
、この映画に挑戦しました。(監督 原 義和)
【この映画を見て考えたいこと】
「戦争」あるいは「軍隊」が、どのように「人」を変えてしまうのか、それぞれの人
生を狂わせ、苦しませ続けていくのか、考えさせる映画です。
「日記」という一人称の語りが、兵士たちのもがき、苦しみ、その時の心情の吐露を
私たちに伝えます。
日記は回想ではなく、その苦しみや悩みのさなかに書かれているものです。そしてこ
れらの日記が書かれている時は戦争の真っ最中です。だからひとりひとりの兵士が「戦
争」をどのように見て、感じていたのかその心の内と思いを、私たちは日記を通して、
透かしてみることができます。
映画の作り手は、そうした日記に書かれた兵士ひとりひとりの心の内を残した言葉を
探し当てて、それをもとに、表現の限りを尽くして、映画を見る人がイメージできる形
にし、伝わってくるものにしています。
私たちを含め、戦争を知らない多くの人に、とくにこれからの社会、世界を作ってい
く人たちに見てもらい、「戦争」とはどのようなものか自分のこととして考えていって
もらいたいと思います。
今の自衛隊の「兵士」も、戦争をすれば人を殺し、殺されるわけです。それが具体的
にどのようことなのかを想像できるでしょうか。
「憲法9条があったから、戦後何十年もの間、国の名において、ひとりの人も殺さず
、殺されることもなかった」この言葉の意味をかみしめて、もう一度「戦争をしてはい
けない、させてもいけない」という意志を強くしましょう。
 
[なぜ戦争をするのですか]
日本は 武器輸出をして、他国の人の殺し合いをさせる国になってしまいました。ま
た自衛隊も、自分たちの「国」がよければ、他国を攻撃し、人を殺してもよいと戦争の
準備を着々と進めています。
憲法9条の歯止めがあったからこそ、戦争に加われないという言い訳の材料があった
にもかかわらず、その歯止めをどんどん外していってます。憲法を変えて名実ともに自
分から戦争できる国にしていこうとしています。
いったい何のために、誰のためにそんなに戦争をさせたがるのですか。儲けたいから
ですか。
自分たちが儲かりさえすれば、自分たちがいい暮らしをできさえすれば、ほかの国の
人が殺し合うのもいいのではないかと考えるのですか。
そして今の戦争は、兵士同士が戦う戦争ではなく、一方的に人殺しをし、抹殺してい
くような戦争なのです。そうした戦争を進め、それに加担しようとしているのです。何
のために。
 
[憲法は、何より「人」を大切にするもの]
戦争を無くすにはどうしたら良いか考えましょう。軍隊をなくし、戦争によって人の
心が変えられないようなものにして行くこと。それは「人」と「いのち」を何より大切
にするという日本国憲法がもっともめざしていることなのではないかと思うのです。
だから9条がある、そこを変えてはならないと。
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