永田浩三(ジャーナリスト・武蔵大学名誉教授

 78年前、韓国・済州島民が巻き込まれた残虐な出来事、「済州4・3事件」は韓国社
会で長い間タブーとされてきた。
 映画は、島の最高峰・ハルラ山に連なる急峻な山や暗い洞窟を舞台に、討伐隊から逃げ
続ける母と娘のスリリングな物語。
 ハ・ミョンミ監督は済州島に移り住んで10年。全ての撮影を島の中で行った。

 作品を何より魅力的にしているのは、天才子役と言われたキム・ヒャンギさんの母親
の演技の迫力だ。済州島の人々に深く思いを寄せ、犠牲者を悼む気持ちを胸に抱いて演
技したという。
 映画では、何の罪もない島民の家を焼き払い、老女や子どもの命を奪う討伐隊の様子
が描かれる。山に逃げゲリラ戦を行おうとする男たちが口にするのは、「理想社会」と
いう言葉。これはどういうことなのだろう。

 朝鮮半島では、アジア太平洋戦争の終結、植民地からの解放とともに、新しい国の建
設が始まっていた。すでにアメリカとソ連の冷戦が進行する中、朝鮮半島本土では南北
を分断する形での選挙が行われていた。そんな動きとは一線を画し、済州島では南北を
分けない「理想の」選挙を求める動きが活発化する。虐殺事件はそれを弾圧するなかで
起きた。討伐隊には朝鮮半島北部からやってきた富裕なキリスト教徒を中心とした「西
北青年会」も加わっていた。映画の中では、原田泰造に似た討伐隊の隊長の残忍さが際
立つが、どんな立場のひとだったのだろう。どこか日本軍を連想させる。

 「理想社会」を夢見て立ち上がった人たちは、「暴徒」の烙印を押され、無残に殺さ
れた。だが彼らこそ「愛国者」であり、分断選挙を押し付けた本土の側が間違っていた
のではないか。韓国のスタート時点から瑕疵があったのではないか。そんな根本的な歴
史の見直し論議が始まっている。
 4・3事件の死者たちが国家によって追悼されるようになるには、在日社会の人々の
並々ならぬ努力があった。虐殺に関わったひと、生きのびたひと、双方が密航によって
日本に逃れた。大阪・生野の猪飼野や東京の三河島には、そうしたひとたちのコミュニ
ティーが形成された。
 わたしは高校卒業まで大阪で過ごしたが、在日本済州43犠牲者遺族会の会長の呉光
現さんは、高校の3年後輩。現地での追悼のツアーにも連れて行っていただき、学生は
卒論でお世話になった。呉さんたちの長年の努力の積み重ねが、今回の映画につながっ
たといっても過言ではない。

 1948年、アメリカの元大統領夫人のエレノア・ローズヴェルトらが主導して「世界人
権宣言」が生まれた。同じ年に起きた済州島での人権侵害には米軍の深い関与があった
ことが明らかになってきている。アメリカはいつまでたってもダブルスタンダードの国
だ。
 済州島は長い間韓国の中で貧困と差別のなかにあった。本土と沖縄との関係に似てい
る。母親を演じるキム・ヒャンギさんがつぶやく。女の自分も上の学校に行き、「三国
志」を読んでみたかったなあと。母と娘が生き延びた先になにがあるのか。「暴徒」の
ハンコが押された後に響く二発の銃声は何を意味するのか。

 胸がつぶれそうになるような場面が多いが、植民地と戦争という二つの責任を負う日
本社会でこそヒットしてほしい力作だ。

★『済州島四・三事件 ハラン』公式サイト⇒https://hallan-movie.com/