堀切さとみ(映像制作者)

『金子文子 何が私をこうさせたか』を観た。数年前に観た『金子文子と朴烈』(イ・ジュンイク監督)の文子は、茶目っ気たっぷりという感じ。でも、浜野佐知監督にかかると全く違う。乾いた凄みのある、まるで野獣のような文子を、菜葉菜が演じている。浜野監督は『金子文子と朴烈』を観て失望し、自分が絶対に撮らなければと決めたようだ。
文子と朴烈の決別が強く印象に残った。実際、朴烈は転向してしまうのだが、それを予期させるようなことは中盤から出てくる。朴烈という強力な同志を得て強くなったのだと思っていたが、文子はたった一人で国家権力を相手に堂々と闘いきったのだ。大逆罪に問われ死刑判決が出ると万歳し、恩赦で無期懲役になると減刑状を破り捨ててみせる。激しすぎるし潔すぎる。何が文子をそうさせたか。
貧しさ、親に籍を入れてもらえなかったことによる差別。朝鮮の祖母の家に引き取られ、奴隷のように扱われ、父親からも性加害を受けた。人間を信じられなくなり、社会を憎む。そんな文子は、いかに同志といえども、朴烈を心底信じ切ったのではなかったのではないか。アナキズムでなくニヒリズムを自称。自然や生物さえも否定した。
そんな彼女にとって、獄中こそが天皇制をも批判できる自由な場だった。そして刑務所の中の女性たちは、ひそかに文子を応援する。女看守たちは所長以外の男が女性の房に立ち入ることに抵抗したり、文子に惹かれた少女の囚人を、文子の房に連れていったりする。文子は人間を信じないと言いながら、幼い囚人に「言葉で考えろ。自分がどうしてここにいるのか」と、書くことを促す。「私は何も考えてないよ」という少女に、万年筆を受け取らせる場面が心に残る。
その一方で、刑務所長などの男性もまた、文子を救おうとしている。特高が暴力をふるうことに反発し、刑務所は矯正の場だという意地をみせる。所詮は「転向強要」なのだが。
日本人なのに日本人を憎む文子のことが、彼らは全く理解できない。しかし幼かった文子の脳裏には、朝鮮人に残虐を尽くした日本人が焼き付いていた。文子が朴烈に惹かれた理由は「底辺の人間が持つ力強さがみなぎっていた」からである。
結局、文子はブレることなく、ひとり獄中で自殺した。わずか23歳。この社会の中で、生きる意味を考えつめた結果である。
100年の時を経た日本で、文子のような生き方に注目する若い世代は、すでに現れているのではないだろうか。
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『金子文子 何が私をこうさせたか』2025年製作/121分/日本
配給:旦々舎
劇場公開日:2026年2月28日
公式サイト⇒https://eiga.com/movie/104265

