
<評者:那須研一>
毎木曜掲載・第427回(2026.3.19)
『石川一雄 短歌に託して』(解放新聞埼玉支局編著 解放出版社 2025年刊)

イラン侵攻が始まった2月28日(土)夕刻。北区にある銀河実験劇場で、狭山事件をテーマにした一人芝居『石蕗(つわぶき)の花ー石川一雄・短歌に託して』(右下=大阪公演のチラシ)を見る。目の前の舞台は獄中。そこに立つ石川一雄さん(演者・岩崎正芳さん)・・朝の独房に靴音が近づく。聞き耳を立てる。その音が自分の房の前に止まれば死刑執行である。
背景のスクリーンに石川さんの獄中短歌が映写される。「紫か紅か萎(しぼ)りか朝顔の 花は明日を知らんで咲くも」…歌に込めた思いを石川さんが語る。「朝顔の花がね…それぞれにせいいっぱい美しく咲いている。明日はしぼんじゃうのになあ。私ら死刑囚と同じだなあ」。
上演後に劇場で購入した本書には、石川さんが獄中で詠んだ短歌、仮出獄後の歌、合わせて40首と、インタビュアーが聞き書きした石川さんの思いが納められている(この日の演劇は本書からの抜粋で構成)。
無実の石川さん(当時24歳)は1963年に女子高生殺害の容疑で身柄を拘束、自白を強要され、翌年、地裁で死刑判決。同年、東京高裁での第二審で無罪を訴えるが、1974年、同高裁で無期懲役判決。1994年に仮出獄するまで32年間服役。生涯にわたって無実を叫び、再審を求め続けたが、昨年、願い叶わぬまま、86歳で死去。
石川さんは被差別部落の出身。幼少期から家の畑仕事や子守り奉公で小学校の通学もままならず、読み書きを覚えたのは獄中。「看守さん」が字を教えてくれたという。

石川さんにとてつもない苦難を強制した狭山事件は、社会の差別意識に乗じた権力犯罪=冤罪事件。警察は偏見蔑視の目を向けられている地域に予断をもって踏み込み、石川さんを犯人でっち上げのターゲットにし、奸計を弄して自白させ、「証拠」を捏造。検察・司法が一体となって不当判決を押しつけた。
秋から冬、獄中の寒気が身を苛む。思うのは家族のこと。「ああ、母ちゃんは元気かな…母ちゃん、水が冷たくなったよ、手は痛くないか」「父ちゃんは、あんちゃんは仕事をしてんだろうなあ。弟や妹は私のせいでいじめられてないか・・だまされて、『うその自白』をしてしまった自分を責めてしまう」。
自由はない。夜、上を向いて寝ないと棒で突かれる。受刑者が集団で移動する時は軍隊調の歩行を命じられる。「高齢の人はかわいそう…ついていけなかったり、足が合わないと、厳しく注意されて懲罰」。
「獄窓は皆閉ざされて音もなく 降る雨の中に石蕗の花」「私は鉄格子の窓からいつも外を眺めていたんだ…桃の節句だった…冷たい風が降っていた。むしょうに家が恋しくなって窓から外を見ると、どの窓も閉まってシーンとしていた。黄色い花が庭に浮かんだ。石蕗の花だ。毎年刑務所の庭に咲いている」
獄中の極限状況。正気を保つのはどんなに困難だろうか。常人なら精神に変調をきたすだろう。そんな中でこんなにも美しい短歌を作る石川さんの強靭な精神に驚嘆する。
短歌を作ることで、美しいものを美しいと感じる感性を守り、磨く。悔しさ、悲しみ、怒り、希望を短歌に託して表現する。獄壁を超えて多くの人の心を打つ。そして、石川さんは、差別のない世の中をどれほど望んだことだろう。
石川さんを演ずるのは元教員・岩崎正芳さん。勤務先の中学校には被差別地区に住む生徒たちも通う。定年退職後、学生時代の演劇への情熱が再燃。劇団に入って訓練を受け、この芝居の出前公演を始めた、とのこと。照明・音響・伴奏音楽は教員仲間2人が担当。
岩崎さんの発する、石川さんの思いのこもった声には、凄まじい迫力あり、観劇中、涙が止まらなかった。岩崎さんの一人芝居、レイバーネットのイベントとして是非上演していただき、多くの仲間と感動を共有したいと思う。

