<評者:志水博子> 
 毎木曜掲載・第424回(2026.2.26)

『社会主義都市ニューヨークの誕生』(矢作弘 著、学芸出版社、2200円)

 そもそも、本書を手に取ったのは、今回の衆院選の結果に愕然としたからに他ならない。想像を超えた自民党の圧勝は、裏を返せばリベラル・左派勢力の著しい後退を示していた。一方、米国では、強硬保守トランプ右派政権であるにもかかわらず、グローバル資本主義の首都ともいえるニューヨークでは、社会主義者すなわち正真正銘の左派ゾーラン・マムダニ氏が市長となった。いったい、この差はどこから来ているのか? いや、もっといえば、日本の左派勢力には何が欠けているのか、それを知る手掛かりが得られるかもしれないと思ったからだ。

 本書によると、マムダニ氏が目指したものは、「Affordable(暮らしやすい)ニューヨーク」の実現であった。中間所得階層以下の労働者家族や若者にとって「経済的に余裕のあるニューヨーク」を創ることであった。掲げる看板は「大きな政府」のマムダニノミクス(マムダニの経済政策)である。政治が取り組むべき真正面の課題として「暮らし」を置いている。そして、それは「革命」ではなく「改革」と「漸進主義」によるものであると。

 意外であったが、米国における社会主義者の市長は実は100年も前から存在していた。「歴史は韻を踏む」――その事例として著者は20世紀前半にミルウォーキーを中心にウイスコンシンで広まった「下水道社会主義」を挙げていた。下水道社会主義は、正統派マルクス主義やソ連型社会主義とは距離を置き、上下水道・公営住宅・公園・市立病院・学校など公共投資を積極的に行なった。つまり「大きな政府」として人々の暮らしやすさを目標にするものだった。イデオロギーではなく暮らしが目標であったということか。

 マムダニ氏の政策を詳述する本書には公共性という概念が頻出する。「Public Option(公共選択)」という考え方について著者は次のように解説する。新自由主義のグローバリズムが蔓延し、市場が市民の暮らしからコミュニティ活動の領域まで席巻する時代である。都市政府がそれに抗し、市場に介入して公共領域を取り戻す、そして市民が暮らしを立て直すための「代替(alternatives)の機会を増やすーという発想である、と。そしてマムダニノミクスは、その思想を受け止める政策を列挙している。それがミレニアル/Z世代、労働者家族から広い支持を得た、と。

 さて、社会主義者マムダニが、なぜ多くの人々の支持を勝ち取ったのか、である。彼は〈聞く耳〉を持つひとであったからではないか。それは次のように書かれている。
「マムダニは、2024年の大統領選挙でトランプに投票した街区に敢えて足を運び、『どのようなaffordability(暮らしやすさ)危機を抱えているか』『なぜ、トランプに投票したのか』を丁寧に尋ねることに徹した。その問答をSNSに流した。その時の基本的な姿勢は〈We have to listen more and lecture less(できるだけ尋ね、説教しない)〉。話し手の立場に立ち、上から目線の問答はしないーだった。それがマブダニに対する信頼度と好感度を高めた。」

 また、本書ではないが、マムダニ氏は〈歩くひと〉でもあったようだ。予備選を控えたある日、マンハッタン北端のインウッドから南端のバッテリーパークまで、市民と直接触れ合い街を歩くキャンペーンを行ったことも有名らしい。

 ところで、彼は左派ポピュリズムと称されるが、本書によると、「ポピュリズムの定義は、ヨーロッパやアメリカの政治空間では、日本と違った意味を込めて使われる(日本では、大衆迎合主義という程度のマイナスの意味で使われる)。マムダニノミクスは、『新自由主義の下で優遇され、〈奪い取る〉側にいるのは、大企業と一握りの富裕層である。逆に〈奪い取られる〉側に追いやられているのは、日々の暮らしが苦しい労働者家庭、移民、社会的、政治的な攻撃対象になっている性的少数者、身障者である』という立場を鮮明にしている。そのために都市政府が経済的な支援を拡充する。そういう左派ポピュリズムである。」と肯定的な評価として使われている。「マムダニが掲げる政策プラットフォームは、〈奪い取る〉側と〈奪い取られる〉側の間で経済財の再配分、そして人権の見直しを要求する。『資本主義社会で搾取される労働者、虐げられる社会的弱者の側に立つ』と述べ、『私は民主社会主義者えある』と宣言していた。」とある。

 なんとも魅力的な政治家であるが、それは必ずしもマムダニ氏の人柄や個性ばかりによるものではなさそうだ。本書には、マムダニ現象への共鳴と同調として進歩主義都市が連携する時代について書かれている。離れた都市の動きに間に通底する共時性は〈意味のある一致〉であると。地理的に離れていても、それぞれの現象は共振し、時代のトレンドになるとある。

 終章では、正義ある社会主義が求める世代交代がワシントン政治を変える可能性について書かれている。ならば、それは日本にも響いてくるものではないだろうか。本書は政治家をはじめ日本の左派勢力にこそ読んでほしい。政策面についても詳しいが、それ以上に、労働者が政治家に求めるものは、自分たちの暮らしについて〈聞く耳〉を持つひとであることがよくわかるからだ。