ロシアによるウクライナ侵攻から24日で4年になりました。この間の死者は、ウクライナ側が兵士10万~14万人(米戦略国際問題研究所推定)、民間人1万4999人(国連発表)、ロシア側が27万5000~32万5000人(同研究所推定)といわれています(20日付京都新聞=共同)(写真は24日放送の民放ニュースより)。

 この戦争を1日も早く終わらせるにはどうすればいいのか―。それを考える手掛かりとして、ウクライナの政治心理学者、スベトラーナ・チュニヒナ氏(社会・政治心理学研究所副所長、1975年生まれ)のウクライナ現状分析を抜粋します(20日京都新聞夕刊=共同より)。

<ゼレンスキー政権の汚職や、徴兵で十分な兵力を確保できない現実はあるが、それでもウクライナ人はロシアへの抵抗をやめない。この不公平な戦争での敗北の代償が悲劇的過ぎるからだ。

 負ければ国家を失い、ロシアの支配下での生活を強いられる。全てのウクライナ人の運命がかかっている。抵抗をやめる選択肢はない。

 以前はウクライナにもロシア世界の信奉者が少なからずいた。しかし「ウクライナは主権国家である」との認識が次第に広まり、ロシアの全面侵攻後はウクライナ人は自国の主権を守るために戦っている。

 ウクライナ社会はロシアへの領土割譲に猛反対している。しかし、ゼレンスキー氏がロシアと不公平で屈辱的な「和平」を結ぶことを決断すれば、社会は最終的にコンセンサスを形成し、受け入れるだろう。ほかに戦争を終わらせる道はないのだ。ただ、この和平が成立すれば、ゼレンスキー氏の政治生命は絶たれる。

 祖国の一部と、そこに住む人々と家族が奪われる。自分の身体の一部が切除されるような痛みを感じる。しかし、ロシアの帝国主義的な野望に屈せず、ウクライナが国家として生き残るという最も重要な目的を達成するには不可欠な譲歩、犠牲なのだろう。>

 「国家」とは何なのか、改めて考えさせられます。

 チュニヒナ氏の国家観は、ウクライナの地勢と歴史に基づくもので、私には理解(同意)できないことが少なくありません(たとえば「祖国の一部」が奪われると「自分の身体の一部が切除されるような痛みを感じる」という感覚)。

 それでもチュニヒナ氏は、「不公平で屈辱的な「和平」」であっても、「国家として生き残る」ためには「不可欠な譲歩、犠牲」であり、ウクライナ社会は「最終的にコンセンサスを形成し、受け入れるだろう」と予測しています。ウクライナ市民への信頼に根差した冷静な分析と思います。

 現在「和平交渉」の最大の問題とされているのが東部ドンバス地域の「割譲」です。それがロシアに「割譲」されるとしても、最大の問題は、そこに住む人々の生活・人権が守られるのかどうかではないでしょうか。そこが「ウクライナという国家」なのか、「ロシアという国家」なのかは、2次的な問題だと私は考えます。

 「国家」の不可欠の属性といわれる「領土」よりも、重要なのはそこに住んでいる人々です。そして何よりも、大切なのは「国家」よりも「人命」です。

 この原点に立って、ウクライナの人びと(「割譲」される場合の東部に住む人々を含め)の生活・人権をどう守っていくのか。それを保障する責任が国際社会(国際機関・世界の市民)にあるのではないでしょうか。それこそが「和平」のカギを握っていると考えます。

アリの一言ブログ