印鑰 智哉(世界の食と農の問題を追うジャーナリスト)

 正月いきなり米国によるベネズエラ侵略。これまでもチリのクーデタに代表されるように米国はラテンアメリカの国々の政権転覆の数々に関わってきた。でも、それは表立った侵攻ではなく、あくまで傀儡勢力を使った陰での関与だから、今回の侵略行為は異常だ。ウクライナといい、パレスチナといい、ベネズエラといい、第二次世界大戦後の秩序が無視された侵略行為が行われても、国際社会はそれを止められていない。こんな中、思考停止の対米追従を続けることは日本をさらなる危機に追い込むことになる。
 しかし、今回のベネズエラ、今後どうなるだろうか? なぜベネズエラが狙われたのか、メモを残しておきたい。
 2000年初頭、ラテンアメリカ各国に革新政権が続々と誕生した時、豊富な石油生産に支えられたベネズエラはその中核に存在していた。もともとラテンアメリカはその多くがスペインの植民地(ブラジルはポルトガル)であったため、言語的に通訳を要せず、つながることができる。たとえば1964年の軍事クーデタの後、チリに亡命を余儀なくされたブラジルの活動家はチリ政府の顧問としてチリで働き始めた。そしてチリでクーデタが起きたら、今度はメキシコに亡命。ポルトガル語とスペイン語はきわめて似ているのでコミュニケーションに困難はない。
 ほぼ常に国境を越えて連携しているのがこの地域の特色だ。クーデタなどの紛争時だけでなく、平時から民衆組織間での対話・議論も活発に行われている。ある国で成功したものはすぐにラテンアメリカ中に広がる。たとえばアグロエコロジーがそうだ。ブラジルにアグロエコロジーを学ぶ学校が作られた。その資金を出したのはベネズエラ政府だった。その学校で、ラテンアメリカ各国からアグロエコロジーを学びに集まり、あっという間にラテンアメリカ各国にその実践が広まるだけでなく、各国の政策になっていく。
 米国政府にとってはこの連携ほどやっかいなものはない。米国は利権をこの地域から失っていくことになるからだ。米国はベネズエラの世界一の埋蔵量を誇る石油資源がほしいからこの侵略をした、という言い方がされているが、それは確かだろう。もしベネズエラに石油資源がなければ米国は侵攻までしなかっただろう。
 しかし、米国はこのベネズエラが果たしている連携を壊したかった。だからこそ、長く、ベネズエラの政権を崩壊させるためにベネズエラを経済的に封じ込め、圧力をかけ続けてきた。チャベス前大統領が死去した後、マドゥロ大統領になって、政治的危機に対応する能力が失われてきたことはベネズエラにとって、そしてラテンアメリカ諸国にとって不幸なことだった。ラテンアメリカでの連携は弱まり、特にベネズエラと他の諸国との政治的関係は悪化した。その仕上げとして今回の侵攻がある。
 あまりの電撃的な侵攻のインパクトは小さくない。当面、厳しい政治状況がラテンアメリカを覆うかもしれない。でもこれは長続きはありえないだろう。
 ラテンアメリカもこのグローバリゼーションが本格化した1990年代以降、急速に米国の消費文化が浸透してきた。1990年代初頭はブラジルではほとんど英語が通じなかったが、最近は多くの人が英語を話す。それまではむしろフランスやドイツなどのヨーロッパの影響が大きかったのだが、それも大きく変わった。
 しかし、社会の奥深いところにいくと、米国の影響は弱く、その影響は社会の表層に留まっている。ブラジル社会の深いところとつながっているフランス人やドイツ人は数多いが、米国人の姿を見出すことは難しい。この地域の最強の政治勢力である米国に対しては表面的な親米的な姿勢を見せる国が多いが、そこには面従腹背的な要素が強く、米国とラテンアメリカは水と油の関係にある。
 ベネズエラへの攻撃で、これまでの米国とラテンアメリカとの関係は大きく変わらざるをえない。かつてのような植民地や親米政権を維持することが可能な時代ではなくなっている。米国政府にとってはむしろ頭痛のタネが大きくなるだろう。
 戦後の世界秩序が崩壊しつつある中、なによりも日本にとっては大きな選択を迫られる事態となった。このまま米国政府追従の政策を続けることはリスクでしかなくなる。大量の米国農産物を買うことを前提としてきた日本の食料政策も見直して、これまでとは異なるシナリオを描くことが必須となっている。もう一つの道は存在するはずだ。