第102回・2025年12月5日掲載

 2025年9月、昨年のスペイン、アイルランド、ノルウェー、スロヴェニアに続き、欧米圏のオーストラリア、カナダ、ポルトガル、英国、フランス、ベルギー、リュクセンブルクが国連でパレスチナ国家を認めた。10月10日からガザでは正式に停戦になったが、イスラエル軍は以前より規模は小さいが爆撃や殺害を続け、人道援助物資もまったく不十分な危機状態だ。11月17日、国連の安全保障理事会はトランプ提案のアメリカの和平案を承認したが、これがパレスチナ人民の自己決定と権利を無視し、占領地域の植民地化・アパルトヘイトとジェノサイド(民族浄化)を進める計画であるのは明らかだ。西岸地区とエルサレムの植民地化はいちだんと強化され、ガザでは毎日子どもを含む市民の殺害、ジェノサイドが続いている。

学問、言論の自由侵害の強化

 見せかけの「停戦」以後、フランス国内でパレスチナ支援の市民や団体に対する弾圧と、言論・学問の自由は逆に強化されたように感じる。11月5日、「パレスチナ緊急」Urgence Palestineという団体の主要メンバーが逮捕・拘留され、「テロリズム擁護」で来年5月に裁判にかけられる。彼の場合はパレスチナ支援の集会での発言にいちゃもんをつけられたのだが、2023年10.7ハマス攻撃以来、多くの市民がチラシやツイートなどの表現を「テロリズム擁護」だと訴えられてきた。服従しないフランスLFIの欧州議会議員のリマ・ハッサンは最近、司法警察から3度目の呼び出しを受けて聴取された。その度に彼女は、無知な担当官に国際法やパレスチナとイスラエルの歴史を説明する。今回問題にされたツイートの一つはフランツ・ファノンの引用だった。彼らを「テロリズム擁護」の口実で訴えるのは、イスラエルの政権を支持する複数のシオニスト団体のほか、マクロン与党の議員51人も名前を連ねているとリマ・ハッサンは言う。不当な告訴が数多く、あまりにしつこく続くので、彼女はこの政治的弾圧に対して共同の行動をしようと呼びかけている。これら言論の弾圧をまとめて国連の複数の特別報告者に提出する計画だ。多くの訴えは不起訴か無罪に終わるが、中には有罪になった例もあり、言論・表現の自由の重大な侵害である。

 11月13日・14日には、コレージュ・ド・フランス(1530年ルネッサンス期に創設されたフランスの高等教育機関の最高峰)で開催されるはずの「パレスチナとヨーロッパ」というシンポジウムが、シオニスト団体の圧力と高等教育大臣の介入によってキャンセルされた。コレージュ・ド・フランスの教授、アラブ世界の専門家アンリ・ローランスが主催し、国際的なパレスチナ専門家を集めた学術会議で、最後の討論では国連のパレスチナ占領地区の特別報告者フランチェスカ・アルバネーゼ、EU外務・安全保障上級代表を勤めたスペインの政治家ジョゼフ・ボレル、フランスの元首相ドミニク・ド・ヴィルパンが発言する予定だった。パレスチナ問題の歴史的経過を踏まえた植民地主義、シオニズム、ヨーロッパ外交といったテーマのシンポジウムが圧力でキャンセルされたわけで、重大な学問の自由の蹂躙である。

 シンポジウムは結局、共催のCAREP(アラブ研究・政治学センター)で開催されることになった。https://carep-paris.org/communique-n2-notre-colloque/
独立メディアの「ブラストBlast」によると、このシンポジウムをパレスチナ擁護で科学的でないと攻撃したル・ポワン誌の記事とフランスのシオニスト団体(LICRA, CRIF)の主張にマクロン政権が従い、大臣の圧力にコレージュ・ド・フランスの学長が屈してキャンセルされたという。19世紀(第二帝政時代)以来、行政による圧迫に服従したことがなかったこの機関が屈したことは、フランスにおける学問の自由の大きな後退を表している。

 ブラストの調査は、フランスの学術界でイスラエル政権のロビー活動が進んだことを指摘する。2019年に作られたRRA(レイシズムと反ユダヤ主義についての研究ネットワーク)という大学など高等教育の機関やNGOの人たちのネットワークは、イスラエル政権の見解に反する研究者たち(今回のシンポジウム参加者のように、その分野における学術的業績が認められてきた著名な研究者たち)を「パレスチナ(ハマス)側の見解を主張する活動家だと中傷し、彼らの研究を「科学的でない」と誹謗する。イスラエル政権の植民地主義、パレスチナ人民のジェノサイドを支持するシオニズム団体のロビー活動はフランス国内で非常に活発で、政治家やジャーナリストをイスラエルに招待し、これら高等教育機関にも圧力を伸ばしている。「ジェノサイド」の事実が国連機関やNGO、多くの専門家の調査と発言の中で認められているにもかかわらず、フランスの公共放送をはじめ多くのメディアでいまだその言葉が使われないどころか、その単語を発する人々が弾圧されているのも、こうした背景があるからなのだ。

 むろん、学問の自由の蹂躙に対して抗議する研究者たちはいて、彼らの声明がルモンド紙に掲載された(ジュディット・バトラーなども署名した)。シンポジウム「パレスチナとヨーロッパ」は結局、11月13日と14日、アラブ研究・政治学センター(CAREP)で行なわれ、大勢の研究者や市民が中継と録画を見ることができた。シンポジウムの冒頭でCAREPの所長は次の的確な抗議を表明した。

「2025年のフランスには研究を、勝者を決めるために票数を数えるテレビ討論会のごとく考える者たちがいるようだ。科学とは真実を追求するものであって、異なる意見の間のバランスではないことが、彼らにはわからなかった。知識は政治的な許可ではなく、知的な勇気を必要とするということも、彼らには理解できない。

(.....)彼らは私たちが中立でないと非難する。私はここではっきりと言おう。不正に向き合うとき、中立は美徳ではなく、脆弱さである。弾圧に対して、中立は科学ではなく、共犯・加担である。真の研究者は真実の前で中立ではない。研究者は良心と責任感によって、真実に忠実である。私たちは単なる立場を擁護しているのではなく、大学の意味そのものを擁護しているーー保護・監視なしに考え、許可なしに討論を行ない、恐怖を抱かずに研究する権利を。このシンポジウムを禁止しようとした者たちは、私たちを黙らせようとしたが、禁止は思考を殺せないばかりか、その思考をいっそう生き生きとさせる。実のところ、禁止は各々の恐怖の告白である。討論を恐れる者たちは、彼ら自身の論拠をもう信じてはいないのだ。」
1日目のシンポジウム(英語通訳付きの録音あり) https://www.youtube.com/watch?v=3sSUd_QNff4

 2日にわたるシンポジウムのスピーカーたちはいずれも確かな知見と業績に裏付けられた研究者でそれ自体も興味深かかったが、元EU外交の責任者ジョゼフ・ボレル、国連特別調査官のフランチェスカ・アルバネーゼ(イタリア人)、元フランス首相、ドミニック・ド・ヴィルパンが発言した最後の討論では、パレスチナ人民のジェノサイドと植民地化にEUが無力(加担)であるという現実から、どう未来を築いていけるかという質問で終わった。アルバネーゼは、国家の無力・加担と対照的な民衆の目覚め(とりわけZ世代)、グローバル・サウスとの協働の可能性を指摘した。
(2日目 https://www.youtube.com/watch?v=Ihsa2SO10wc&t=1s

 マクロン政権による学問の自由の蹂躙は、フランスの「トランプ化」を表している。たとえば、高等教育・研究大臣は、大学など高等教育機関の人員(教員、研究者、管理・事務職)を対象に、「大学における反ユダヤ主義」についてのアンケートを施行しようとした。70以上の大学の責任者からなる協会はそれに対して、「コンセプトと質問の内容に問題があるから施行しない」と答えた。このアンケートは、パリ政治学院がIFOPという世論調査会社に委託したもので、IFOPは前から調査方法が問題にされていた。11月18日に公表された「イスラム原理主義のイスラム教徒への影響」というIFOPの調査も、方法論の問題に加え、発注機関が外国勢力(アラブ首長国連邦)の影響下にある疑いも指摘された。調査は「ムスリム同胞団」のフランスの若いムスリム教徒への影響を誇張する内容で、「ムスリム同胞団」が力を持つとされるカタールをアラブ首長国連邦は敵視している。フランスでイスラム原理主義の影響を強調する人々は以前から「ムスリム同胞団」に言及してきたが、国内で起きたテロや殺害事件でこの組織の存在が明るみに出たことはなく、陰謀論的な強迫観念のように感じられる。

国際法と人権の擁護のために

*11月29日のパリのパレスチナ連帯デモ

 コレージュ・ド・フランスのシンポジウムへの参加のほか、11月にフランスを訪れた国連特別報告書のフランチェスカ・アルバネーゼは、パレスチナについて彼女が書いた本の紹介、パレスチナについて国連の無為・無力を描いたドキュメンタリー映画(彼女のインタビューもたくさん出てくる)のプレビューなどにも参加し、また国民議会と欧州議会も訪れた。イタリアで今年6月に出版された彼女の本『世界が眠るとき』は、パレスチナの状況を10の人物像と国連報告者の任務(無償で行なわれる)、現在までの自分の歩みを綴ったもので、その仏語版はこの11月にフランスで出版された。また、国連の無為・無能についてのドキュメンタリー”Disunited Nations”(クリストフ・コトレ監督)は12月9日から仏独共同チャンネルARTE(アルテ)放送で放映される。

 アルバネーゼは2022年5月、国連人権理事会から任命されてパレスチナ占領地域の特別報告者になってから、イスラエル政府の植民地政策・アパルトヘイトとパレスチナ人民の人権の蹂躙を告発する報告書を書き、また欧米政府を批判する発言をしてきたため、「反ユダヤ主義」「パレスチナ側の活動家」だと中傷・攻撃され、国連の特別報告者の任務を辞めさせようとするキャンペーンが行われている。2025年7月の報告書では、ガザでのジェノサイドと西岸地区など占領地域の植民地政策によって、欧米企業が経済利益を得ていることが指摘された。以来、トランプ大統領は彼女をアメリカ合衆国の制裁対象とした。これはプーチンやイランのアリー・ハーメネイなどに対するのと同じ措置であり、国際司法裁判所の3人の検事(カリム・カン検事長など)、判事6人(フランス人のニコラ・ギルーもそうだが、フランス政府は抗議さえしない)と同様に、クレジットカードやAirbnb、アマゾンが利用できなくなるなど不当な人権侵害だ。アルバネーゼはこの制裁によって、民間健康保険の還付も受けられなくなり、EU議会が彼女の名前で予約したホテルをキャンセルされた。

 彼女が参加したパリ郊外のプレビューに行って実際に話を聞ける機会も得たが、多くのインタビューや討論会でアルバネーゼが強調していることは、2023年10月にガザ攻撃(ジェノサイド、民族浄化)が始まってから筆者が感じていることとぴったり重なる。彼女は国際法と、パレスチナ人民の人権と自由を擁護している。ところが、ロシアの戦争犯罪、人道に対する罪を糾弾して制裁する欧米国家の指導者たちは、イスラエル政権による戦争犯罪、人道に対する罪、ジェノサイドという重大な犯罪を認めず、パレスチナ人民の大虐殺や占領地域の植民地化を黙認し、武器の輸出や経済取引を続けてそれに加担さえしているのだ。国際刑事裁判所が逮捕を要請したネタニヤフ首相や大臣と友好的な関係をやめず、国際法に違反している。ガザは人間(人類)の失墜だとアルバネーゼは言う。さらに、パレスチナ支援の人々を弾圧する欧米諸国は、自国の市民の人権と自由をも脅かしていると指摘する。人間性を失った国家の指導者たちとは逆に、ジェノサイドを止めよと声をあげる民衆、とりわけ最も早く行動を起こし始めた若い世代に彼女は希望を見出す。「世界が眠るとき、モンスターたちが生まれる。私の中にすでに、たくさんのモンスターがいる。その一番目は、私たちの無関心である」と『世界が眠るとき』の冒頭でアルバネーゼは記す。国際法と人権、人間の尊厳を保つために、彼女は重要な役割を担っている。

 アルバネーゼは人権宣言、革命の国フランスがパレスチナ人民の人権を認めず、国内でもパレスチナ支援者を弾圧し、学問の自由を侵害していることに、失望している印象を受けた。イタリアの指導者はもっとひどいが、市民は目覚め始めたと語る。実際、ジェノヴァの港湾労働者のイスラエルへの武器輸出の阻止から、イタリアでは労働者と市民が連携してゼネストや主要都市での巨大なデモに発展した。

 パレスチナ人民連帯国際デーの11月29日は、世界各地で大規模なデモが行なわれた。ロンドンでは10万人が参加し、ジェノヴァのゼネスト(28日)とデモにはグレタ・トゥーンベリとフランチェスカ・アルバネーゼも参列した。パリのデモもいつもより大規模となり、主催者発表で5万、おそらく2~3万人はいただろう。まだ大きな目覚めには至らないが、「私はこんな世界を子どもたちに残したくない」と、威嚇や中傷、制裁にも怯まず任務を続けるアルバネーゼと共に、私たちも声を上げ続けよう。「停戦」とは名ばかりでジェノサイド、植民地化、民族浄化を進める非道なイスラエル政権を国際世論の中で孤立させ、国際法と人権、人間の尊厳を固守するために、各地で、あらゆる工夫を凝らそう。「ガザの子どもたち、パレスチナの子どもたち、彼らの殺戮は人類を殺すことだ」

2025.12.5 飛幡祐規(たかはたゆうき)

参照:
コラム第100回 「自由の船」ーーパレスチナ人民のジェノサイドを止めよ
http://www.labornetjp.org/news/2025/0605pari