
<評者:内藤洋子>
毎木曜掲載・第439回(2026.6.18)
村木厚子著『おどろきの刑事司法――”犯罪者“ の作り方』(講談社現代新書、2026年)

本当に驚きの連続だった。そして、刑事司法の実態を初めて知り、恐ろしくもなった。日本の刑事事件の有罪率は、99.9%、すなわち、無罪判決を得るのは、1,000人中、わずか1人か2人しかいないという。無実の人でも、ある日突然、何かの嫌疑で逮捕されたとき、自分の無罪を勝ち得ることがいかに困難なのかもわかって、身震いを覚えた。
著者の村木厚子さん(当時、厚労省の障害保健福祉部の課長だった)が、2009年、全く身にn覚えのない「公文書偽造」の容疑で逮捕された。容疑を否認し続けたがゆえに、いわゆる「人質司法」で、164日間も拘置所に拘留された。逮捕の翌日、拘留手続きのため裁判所に行く際には、逃亡を防ぐために手錠、腰縄を付けられ、すでに犯罪者として扱われたことは、大きなショックだったと述べている。
弁護士から教えられたという無罪を得るために必要な6条件についても書かれている。そのどれ一つとっても難しいが、村木さんの場合、まさしく幸運にも、その6つがすべて満たされて無罪を勝ち得たが、それでも、5カ月以上も大阪拘置所の独房に拘留されたことを知ると、絶望的な気分にもなる。
いちばんの問題は、「人質司法」である。逮捕されれば、20日間の拘留が当たり前で、その間厳しい取り調べが連日続く。取り調べの目的は、真相解明ではなく、検察が自ら作ったストーリーを裏付けるための材料集めになっているという。被疑者が黙秘や否認を続けると、さらに拘留期間が延びる。検察の見立てに沿った供述調書にサインするまで、強引に様々な圧力をかける。「罪を認めないと、刑が重くなるよ」、などの脅しが入る。村木さんの事件では、彼女の部下がこの圧力に耐えかね、保釈の誘惑に負けて、検事が作文した虚偽の自白調書にサインをしてしまったという。村木さんも、「有罪になっても、執行猶予が付けば、刑務所に入らなくて済むから、たいしたことじゃないよ。」などと、容疑を認めるよう促されたというから、呆れるばかりである。
起訴前の被疑者は、保釈申請ができない。起訴後も、否認や黙秘をしていると、「逃亡や証拠隠滅の恐れ」などの理由をつけて、検察は保釈に反対する。
この人質司法で命を奪われたのが、大川原化工機のえん罪事件の相嶋静夫氏だ。逮捕から11カ月、拘留中に胃がんが見つかったが、治療も受けられずに体調は悪化。保釈請求は実に8回に及んだが、検察は保釈に反対し,裁判所はそれを追認して請求を却下。相嶋さんは、無罪確定を知ることなく亡くなった。
刑事裁判の原則は、「無罪推定」である。即ち、有罪が確定するまでは、被疑者は罪を犯していない人として扱われなければならない。これは国際人権規約でも定められている原則で、被告人を有罪にするには、検察官がそれを証明しなくてはいけない。ところが日本では、いつの間にか、この原則が逆転し、起訴された人に無罪を証明する責任が転嫁されている。被告人が証拠集めをするのは極めて困難なのは、言うを待たない。
その良い例が、痴漢事件で無罪を争う場合である。目撃者を探し出したり、再現実験する困難さから、被害を申告した人の供述だけで判断することが多く、誤認逮捕も起こりがちだという。被告人は仕事も名誉もいっぺんに失うのみならず、家族の精神的負担など、影響は甚大だと想像はつく。
2009年にあった痴漢事件で、1,2審の有罪判決を破棄し、最高裁で初の逆転無罪判決を下した裁判官は、この判決の補足意見として、こう述べたという。「えん罪で国民を処罰するのは、国家による人権侵害の最たるものであり、これを防止することは刑事裁判における最重要課題の一つである」と。
司法に携わるすべての人には、この言葉をしっかりと胸に刻み付けてもらいたい。えん罪事件に関して今国会でも、やり直し裁判を行う現行再審制度の不備を正す審議が、活発に行われている。袴田巌さんの場合、再審請求をしてから実際に再審が始まるまでに、実に42年もかかったというから驚く。そして無罪確定までには、誤認逮捕から58年かかり、袴田さんは人生の大半を失った。こうした異常事態がなぜ起こるのか、再審が「開かずの扉」とも言われている理由は何か、ぜひ本書を読んで知っていただきたい。
村木さんが逮捕されたとき、当時マスコミも大々的に報じた。私はテレビでその映像を見たとき、彼女がうつむいたり、顔を隠すなどせず、しっかりと前を見据えていた姿を鮮明に記憶している。過酷な取り調べにも屈することなく、否認を貫き通した彼女の強さには感嘆するが、そればかりではない。公判の過程で、検察が証拠として出した資料をくまなく読み込み、その中に論理的矛盾があるのを自ら見つけ、検察官による証拠の改ざんというとんでもない事実を明らかにした。それが、無罪へと裁判の行方を決したことは大きく、村木さんの行動に畏敬の念を禁じ得ない。しかし、この類まれな能力の一個人の存在に感心して終わってはいけない。
「検察と一体性に陥っている裁判所を変える力を持っているのは、私たち国民の一人ひとり以外にない。」という村木厚子さんの言葉を、強く心に刻みたい。

