
レイバーネット川柳班が編んだ『抵抗川柳句集ー戦後八十年 治安維持法百年』が7月20日に発行されました。現在、好評頒布中です。句集の巻頭には、作家の柳広司さんの寄稿文「王様は裸だ」を掲載しています。「川柳の力」が伝わってくる名文です。以下、全文を紹介します。なお句集は一冊700円(10冊以上割引き)で、「申込みフォーム」からお申し込みいただけます。ぜひ手にとってください。そして広げてください。(レイバーネット川柳班) →申込みフォームはこちら
王様は裸だ 柳 広司
人は忘れっぽい。
呆れるほど忘れっぽい生き物だ。
特にインターネットとやらが普及してからは、毎日毎時毎秒垂れ流される膨大な情報の海に呑みこまれ、流されて、私たちは本当に大事なことをすぐに忘れてしまう。
(何だったっけ? まあ、いいや)
に、なってしまう。
けれど、足を止めて周囲を見まわせば、新自由主義の名の下に独占資本主義が猛威をふるい、凄まじい格差が日本社会を覆っている。一パーセントの金持ち連中が貧困層から金を巻き上げ、子どもたちに食べさせる米を求めて走りまわる母親の姿をせせら笑っている。
フクシマで原発が爆発し、首都圏の水道や食べ物からもセシウムが検出されたのは、たった十四年前のことだ。福島にはいまも「原子力緊急事態宣言」が発令されたままで、多くの人たちが故郷と生業を奪われ、見知らぬ土地で避難を余儀なくされている。廃炉などとても見えない悲惨な状況にもかかわらず、政府・経産省・電力会社は老朽化原発の再稼働、どころか原発新設まで目論んでいる。
沖縄では、七割以上が反対する住民投票の結果を無視して〝粛々と〟基地建設が続けられている。
アメリカの空を飛べない欠陥機オスプレイが日本全国に配備されて、子どもたちの頭の上を我がもの顔に飛びまわっている。
理不尽な戦争や虐殺が世界のあちこちで起きているのに、列強諸国はこれを黙認している。
誰がどう考えても、おかしな社会、おかしな世界だ。
誰がどう考えてもおかしなことが目の前で行われているにもかかわらず、私たちはすぐに「何だったっけ? まあ、いいや」になってしまう。
人は呆れるほど忘れっぽい生き物だ。
忘れっぽい生き物である私たちの目の焦点を、川柳は現実に合せてくれる。
例えば
沖縄を踏みつけ福島をこけにする(乱鬼龍)
反戦ト護憲ヲ危険思想トス(笑い茸)
といった川柳にふれると、誰もが一瞬ハッとする。「ああ、そうだ。自分たちが生きているのは本当はおかしな社会なんだ」と気づく。あるいは思い出す。
大正時代の戦争成金の下品さを伝えるには、学者の大部な論文より、紙幣に火をつけて自分の靴を探させる成金おやじのポンチ絵一枚の方が効果的だ。
寓話『裸の王様』では、「王様は裸だ!」という無邪気な子どもの一言が目の前のおかしな現実を暴いてみせた。
偉そうな王様(権力者)の風船のように膨らんだ腹も、笑いの一突きでしぼませることができるということだ。
こんな世界はおかしい。
こんな社会は、どう考えても変だ。
おかしい、おかしい、と思いながら、声をあげないでいると、そのおかしさに呑みこまれて、気づいた時には声をあげられなくなってしまう。権力者は「王様は裸ではない」と閣議決定し、法律を作って、「王様は裸だ」と声をあげる者たちを厳しく取り締まるようになる。
----これは笑い話でも、寓話でもない。
ちょうど百年前に制定された治安維持法が、まさにそうだった。今また共謀罪や重要土地規制法、経済安保法などと名前を変えて、権力者はそろりと取り締まりをはじめている。
押し返すのは今しかない。
水溶き片栗粉(でんぷん)を手のひらにのせてギュッと握ると、一瞬白く固まり、すぐにへなへなと崩れて、溶け出してしまう。
川柳は、すぐに溶け出してしまうおかしな現実(水溶き片栗粉)をギュッと握る力だ。
優れた川柳は、おかしな現実を皮肉や笑いとともに可視化する。思い込みや刷り込みのベールを突き破り、おかしな現実をみんなに気づかせてくれる。
人は忘れっぽい。
呆れるほど忘れっぽい生き物だ。
だったら、忘れるたびに思い出させればいい。
何度でも、何度でも、ギュッと握ればいい。
「王様は裸だ!」
そう声をあげるたびに、おかしな現実は可視化され、裸の王様はみんなの笑い者になるだろう。
今回は、どんな川柳が私たちにおかしな現実を思い出させてくれるのか。本を開くのが楽しみだ。
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やなぎ こうじ 2001年『贋作『坊っちゃん』殺人事件』で朝日新人文学賞。2009年に『ジョーカー・ゲーム』で日本推理作家協会賞、吉川英治文学新人賞。近著に『南風に乗る』『アンブレイカブル』『パンとペンの事件簿』など。